339 罪深さ(二)
「……正直に答える。心から愛する妻リリアーナのためであり、許されることのない罪を犯した自分のためでもある」
「パスカルが言っていたわ。リーナは心からクルヴェリオン王太子を愛していて、結婚したいと思っているって。クルヴェリオン王太子も、リーナのことを身分や出自に関係なく、純粋に一人の女性として大切にしているそうよ」
「口では何とでも言える」
「そうね。でも、クルヴェリオン王太子はリーナを恋人にしたわ。非公式であっても、元平民の孤児だったのよ? 相当な覚悟がなければできないことだわ!」
反論はなかった。
「現実的に考えて、リーナがクルヴェリオン王太子と結婚するのは難しいでしょう。でも、リーナは懸命に努力するつもりでいるわ。レーベルオード伯爵家の養女になったということは、パスカルだけでなくパトリック様も支援してくださるということよ。私はリーナの幸せを第一に考えたいの」
「もちろん、私もそのつもりだ」
「ミレニアス王は娘のキフェラ王女とクルヴェリオン王太子を結婚させたがっているわ。黙って見ているつもりなの?」
「クルヴェリオン王太子とキフェラ王女との婚姻には国益が絡む。リリーナ本人だと認められなかった以上、縁談の差し替えはできない。なんとかクルヴェリオン王太子の妻になれたとしても側妃だろう。私の娘であることを知られているため、政治的に利用されてしまう。エルグラードにいては守れない。だからこそ、ミレニアスにいた方がいい。私の力で守れる! 必ず幸せにする!」
妻は夫を真っすぐに見つめた。
「リーナは二十歳、成人しているわ。自分で選んだ道を進みたいのであれば、私はそれを受け入れます。私自身もそうしたわ。フィルの側にいることを望んだし、正式な婚姻ができなくても構わないと思ったのよ」
「だが、そのせいで苦しみ、悲しみ、絶望しただろう? リリーナが同じでもいいのか? ずっと非公式な恋人のままかもしれない。側妃になっても、正妃から見下されるだろう。不幸になってしまうのが明らかだ!」
「いいえ!」
強く大きな声だった。
「不幸になるかどうかはわからないわ! 私はフィルといて、リリーナを産んで、三人で幸せだったわ!」
「だが、幸せは失われた。リリアーナは新しい命のために自分を騙し、裏切り、幸せを奪った者と夫婦になるしかなかった。耐えがたい日々が続いても、受け入れるしかなかった」
「そうよ」
妻が発した肯定の言葉に、夫の胸は張り裂けそうになった。
「フィルは私の愛する者を奪ったわ。娘を。そして、信頼していた夫を。でも、それだけじゃなかったわ。与えてくれたの。新しい命を。新しい人生を。そして、消えることのない愛を。貴方はインヴァネス大公フェイリアル。フィルじゃないと思ってきたけれど、やっぱりフィルよ。どんなに否定しても同じ人物だわ!」
インヴァネス大公妃は一人の女性リリアーナとして叫んだ。
「一生許せないと思った。でも、本当は許したかった。いえ、許しているのよ。ずっと……言えなかったけれど」
リリアーナは伝えたかった。
インヴァネス大公フェイリアルであり、フィルであり、心から愛する夫に。
「貴方を愛しているの。フェリックスのこともよ。私は夫と息子がいて幸せなの」
愛の告白。だが、それは罪の告白でもあった。
「貴方は自分の罪深さを悔やんできた。でも、私も同じ。罪深いことをしてきたのよ。貴方に許していると伝えなかった。そして、リリーナを失ったことで手に入れた日々を幸せだと思うなんて……母親として失格としかいいようがないわ。でも、リリーナは死んでしまった。償えない。そう思うと苦しくて……何も言えなかった」
夫婦はずっと自らの罪深さに苦しんでいた。
それでも耐えて、耐えて、耐え続けた。
それは愛のため、夫婦でいるため、家族でいるためだった。
「でも、ようやく終わったのよ。ミレニアス王が認めなくても、リリーナが八歳で死んだことになっても、私の娘は生きているわ! リーナとして!」
リリアーナは力強く宣言した。
「私は一生をかけて娘に償うわ。母親として、リーナが幸せになれるように力になりたいの。お願い、リーナの幸せを奪わないで! たとえ結婚できなくても、愛する人の側にいるだけで幸せになれるの! 私がそうだった。貴方の側にいるだけで幸せだった。今もそう。幸せなの。私の気持ちが貴方に伝わっているなら、願いを叶えて……」
リリアーナの瞳からとめどなく涙が溢れだしていた。
同じようにフェイリアルの瞳からも涙が溢れて止まらない。
長い年月が過ぎた今、フェイリアルはリリアーナの本心を知った。
許されていた……ずっと。
どんなに償おうとしても、償いきれないことをした。息子のために夫婦の形を受け入れているだけに過ぎない。それでも側にいたい。一緒にいられるだけで十分だと思っていた。
だが、愛は失われていなかった。
狂おしいほど愛する女性の心の中に、自分への愛がある。
長く辛く苦しい日々が、溢れる涙によって浄化されていくようにフェイリアルは感じた。
「リリアーナの言う通りだ。私たちの娘はエルグラードにいた。リーナとして一生懸命生きていた。そのおかげで再会できた!」
ミレニアス王が否定しても、真実を知る者にはわかっている。
リリーナはリーナ。
ならば、今こそ償わなくてはならない。父親としてリーナの望む幸せを叶えるために、惜しみない愛と可能な限りの支援をする。
フェイリアルはそう決意した。
「リリアーナの願いは必ず叶える。そして、リーナとして生きるリリーナの願いも叶えてみせる。夫として、父親として、私は愛する者たちの願いを叶えるために一生をかけて尽くし続ける!」
愛し合う夫婦は強く抱きしめ合った。





