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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第三章 ミレニアス編

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338 罪深さ(一)



 離宮にある部屋で、インヴァネス大公妃は深いため息をついた。


 その理由はリーナ・レーベルオードがインヴァネス大公夫妻の娘リリーナではないと判断されたためだった。


「予想はしていたのよ。ミレニアス王は生粋の身分血統主義者だもの」


 インヴァネス大公妃は呟くように言った。


「王の判断としては認められなかったが、調査の結果を見れば間違いなくリリーナだ。ミレニアス王家を守ることが優先されただけだ」


 インヴァネス大公は心から愛する妻を何とかして励まそうと思った。


「大丈夫だ。まだ続きがある」

「どういうこと?」

「これまでの調査と同じだ。本人でなければ偽者ということになる。身分詐称は重罪だけに、自ら王族の娘だと名乗り出たかどうかが調べられる」

「無罪よ! パスカルからの手紙を見て、私たちが娘のリリーナに当てはまると思っただけでしょう?」

「そうだ。あくまでも形式的な取り調べでしかない。無罪だと確定させるためだと説明すれば、エルグラード側も納得してくれる。そして、その取り調べの間に本人を説得してミレニアス国籍を選ばせる。私たちが後見人になれば一緒に暮らせる。もう少しだけ待ってほしい。失われてしまった日々を必ず取り戻して見せる!」


 夫の言葉を聞いた妻は、喜びの表情ではなく悲しみの表情を浮かべた。


「フィル、それは私のため? それとも貴方自身のためなの?」


 フィルと呼ばれた夫は体を震わせた。


 インヴァネス大公フェイリアルはリリアーナと初めて出会った時、フィルと名乗った。


 そして、フィルはリリアーナが一生許さないと宣言した罪人の名前だった。





 リリアーナはフィルと結婚式を挙げ、婚姻届にもサインをした。


 リリアーナはフィルと正式な夫婦になったと思ったが、そうではなかった。


 貴族の婚姻には当主の許可、最終的には国王の許可が必要になる。


 リリアーナの場合はヴァーンズワース伯爵家の一人娘であり、過去において爵位の継承権が絡む婚姻取引があったことから、レーベルオード伯爵家の承認も必要だった。


 また、他国籍の者同士の婚姻は余計に複雑な手続きになる。


 全ての手続きが無事終了しなければ、法律的に正式な夫婦ということにはならない。


 リリアーナはそのことを知らなかった。


 最初に結婚したのは十六歳。法的には未成年、政略結婚ということもあって両親が全ての手続きを行い、リリアーナは自分の名前を婚姻誓約書に書くだけだった。


 フィルと結婚する時も、婚姻届に名前を書くだけでいいと思っていた。


 フィルは法的な手続きができないため、内縁関係になってしまうことをリリアーナに話した。


「内縁関係?」

「ミレニアスではよくある形式だ。ほぼ婚姻関係と同じようなものとみなされる」


 ミレニアスは極めて身分を重視するだけに、身分差がある結婚はできない。


 貴族と平民が結婚できないだけでなく、同じ身分同士であっても爵位差や家格差があり過ぎる場合も結婚できない。


 そこで婚姻のために身分が釣り合う家の養子になることで体裁を整えるが、それも難しい場合は内縁関係を選択することが説明された。


「内縁関係は本人の意志で成立させることができる。正式な婚姻の状態ではなくても、夫婦として認め合いながら生活することができる」

「一生内縁状態なの?」

「リリアーナのいない人生はありえない。一生をかけてでも必ずなんとかする。だから……私と共に生きて欲しい」


 問題はある。困難もある。法的には正式に認められなくても、夫婦として助け合い、支え合っていく。


 そして、いつか必ず本当の夫婦になることを、リリアーナとフィルは誓い合った。





 リリアーナにとって、夫のフィルと娘のリリーナと共に生きることだけが自分の全てだと感じていた。


 だが、リリアーナはフィルに騙され、裏切られ、失った。


 リリーナが誘拐されたことで、リリアーナは隠されていた真実を知ることになった。


 フィルというのは偽名で、本当の名前はフェイリアル。ミレニアス王族のインヴァネス大公の側近ではなく、インヴァネス大公本人だった。


 リリアーナ側の事情で婚姻できないと説明されたが、それだけではなかった。


 フェイリアルにはすでに正妃がいた。父王から側妃にする許可がもらえなかった。


 一生、内縁状態のままである可能性が高いというのに、いつか本当の夫婦になろうという誓いを立て、嘘で塗り固められた生活をしてきた。


 そして、娘のリリーナが誘拐されたのは、フェイリアルの正妃とその父親のせいだった。


 正妃が隠し子の状態にあるリリーナを養女にしたがり、フェイリアルが断ったことで誘拐事件が発生した。


 リリーナを誘拐した犯罪者の拠点を突き止めたが、大火災が発生。リリーナの姿は発見されず、恐らくは火災に巻き込まれて死亡したと思われた。


 全ては嘘をつき何もかも黙っていたフェイリアルのせいであり、本人もそのことを自覚していた。


 許さない! 許せるわけがない!


 絶望したリリアーナは倒れてしまったが、妊娠していることが発覚した。


 リリアーナは生まれてくる子どものために耐えることにした。


 心から愛していた娘のリリーナも、夫のフィルも、もういない。


 生まれてくる子どもの父親はインヴァネス大公フェイリアルであり、妻子を騙し続け絶望の底に落としたフィルではない。


 そう思うことでリリアーナはなんとか正気を保ち、現状を受け入れようとした。





 インヴァネス大公フェイリアルの隠し子が誘拐されたこと、その首謀者が正妃とその父親の公爵であることは大問題になった。


 王族及びその血を引く子どもの誘拐は大重罪。正妃との婚姻は無効になり、抹消された。


 元正妃及びその父親である公爵、リリーナ誘拐事件に関わった犯罪者は大重罪人として処刑。


 ヴァーンズワース伯爵家とレーベルオード伯爵家とで交わされた離婚誓約書に関する問題はミレニアス王家の力で解決。


 リリアーナはヴァーンズワース伯爵家の誓約から逃れるためリューイック公爵家の養女になり、リューイック公爵令嬢としてインヴァネス大公フェイリアルと婚姻。インヴァネス大公妃になった。


 リリアーナとフェイリアルはようやく正式な夫婦になった。


 愛娘リリーナを失うというあまりにも大き過ぎる代償を支払った結果、リリアーナとフィルが誓い合ったこと――いつか必ず本当の夫婦になるという願いは叶えられたのだった。


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