333 パスカルの対応(二)
「こちらの書類はいただきます。どのような提案があったのかについては報告書にしなければなりません」
「では、エルグラード王に伝えられるということだな?」
「王太子殿下次第です」
エルグラード国王への報告は王太子からする。
王太子が報告する必要はないということは報告されないことをパスカルは伝えた。
「二国間の関係を悪化させたくないのであれば、最後の誠意を見せてください。リーナ・レーベルオードを捕縛しようとすれば、王太子殿下は全力で阻止するよう命令するでしょう。恋人を奪われるのを黙って見ているわけがありません。その結果、最悪の事態になるかもしれません。それをわかった上で、ミレニアスがどうするかが問われています」
パスカルは長々と話をする気はなかった。
宰相や軍務大臣に言い訳を並べさせる猶予を与える必要はなく、エルグラード側が極めて強い不快感と怒りを持っていると伝えた状態で終わりにするのがいいと判断した。
「では、帰国の準備がありますのでこれで」
パスカルは席を立ち上がった。
「待て! 帰国だと? 午後の会談はどうする?」
午後には宰相とヘンデルの話し合いが行われることになっていた。
「ヴィルスラウン伯爵に聞かなければわかりませんが、中止になる可能性が高いかと。連絡があると思うのでお待ちください。また、夜会についても欠席になる可能性があることを先に伝えておきます」
「夜会に欠席するのか? 両国の友好に多大な影響が出てしまうが?」
「すでに両国の友好には大きな亀裂が入っています。ミレニアス王が王太子殿下を激怒させたというのに、夜会に出席できるとでも? 妹を捕縛すると言われた私の冷静さにも限度がありますので、これで失礼します」
パスカルは部屋を退出した。
宰相は予想外の展開に驚いていた。
たとえクルヴェリオン王太子が会談を退席しても、そのあとに側近の者が取りなすような形で交渉することになるだろうと思っていた。
しかし、そうはならなかった。
側近の一人であるパスカルが書類を持ち帰ったが、このあとの会談や夜会の予定はなくなりそうだった。
そうなると、今回の交渉は全て無駄だったということになる。
「これほどの外交使節団が来て何もないとは……」
軍務大臣が嘆くように呟いた。
「まだだ! 午後の会談のための揺さぶりだ!」
宰相は断言した。
軍務大臣は何も言わなかったが、午後の会談はなくなりそうだと思っていた。
あったとしても、両国の友好が即座に復活するわけでもない。
ミレニアスに広がる暗雲の気配を軍務大臣は感じずにはいられなかった。





