319 リリーナ誘拐事件
フェイリアルの正妃は焦っていた。
正妃はフェイリアルのやり方ではうまくいかないと吹聴していたが、フェイリアルは自ら観光業の育成に取り組み、大成功を収めてしまった。
当然、反対して悪口を言っていた正妃の評価と評判は悪くなった。
しかも、フェイリアルは領地で知り合った女性と内縁状態にあり、娘までもうけた。
正妃はフェイリアルの隠し子である娘を引き取り、養母になることで自らの立場を固めることができると考えた。
正妃がリリーナの養母になることを伝えると、フェイリアルは怒って拒絶した。
正妃が養女としてリリーナを育てると、リリアーナが側妃になれる可能性が完全に消えてしまうというのが理由だった。
正妃はフェイリアルが娘の存在を隠していることを逆に利用しようと考えた。
リリーナを王宮に連れてきて、正妃がインヴァネス大公女としてお披露目をする。
さすがに公表してしまったことを否定することはできないということで、リリーナは大公女になれる。大公女の生母としてリリアーナも側妃に格上げされる。
フェイリアルは喜び、正妃としての立場も力も強まると考えた。
正妃は父親の公爵に頼み、リリーナを誘拐してでも王都に連れてきてほしいと頼んだ。
公爵はリリーナの誘拐を了承したが、王族の娘を誘拐すれば大重罪に問われてしまうことをわかっていた。
そこで本物の犯罪者に誘拐を密かに依頼、それを公爵の部下が助けて王都に連れてきたことにする計画を考えた。
公爵の計画は極秘に進められたが、情報が洩れてフェイリアルの耳に入った。
フェイリアルはこの計画を利用できると考えた。
娘の誘拐事件を企てた正妃と公爵を主犯として捕縛、排除できる。
犯罪者になった正妃との婚姻は無効。空いた正妃の座をリリアーナに与えられるかもしれない。
フェイリアルは公爵の計画を密かに監視、事件が起きた時にはすぐ対応できるよう準備を進めた。
フェイリアルは兄たちにも極秘にこの計画を伝え、協力を要請した。
兄たちも王族の外戚として権力を保持する公爵や政治や王宮のことに口を挟むフェイリアルの正妃を疎んじていたため、フェイリアルに協力することにした。
リリーナが七歳の時、誘拐事件が起きた。
全てはフェイリアル、あるいは正妃とその父親の思惑通りの計画になるはずだったが、そうはならなかった。
第三者の思惑――公爵に雇われた犯罪者が独自の計画を立てていた。
公爵に雇われた犯罪者は安全に逃走するため、より大きな犯罪組織に協力を求めた。
犯罪組織は無事逃走させるための謝礼金を要求したため、公爵に雇われた犯罪者はリリーナの身代金を引き上げる必要があった。
フェイリアルや公爵から見ると、本物の犯罪者を活用した偽装の誘拐事件だったが、それが本物の誘拐事件、大きな犯罪組織が絡むようなものになってしまっていた。
フェイリアルの指示を受けた部下たちは、事前に指示されていた内容と違うことに慌てた。
しかし、すべきことは同じ。リリーナを無事救出することだった。
実行犯が利用する場所はすでに事前に調査しており、犯罪組織の存在や拠点もすぐに割り出された。
公爵が雇った犯罪者と犯罪組織は安全なはずの拠点が多くの警備隊や領軍に取り囲まれたことで慌てふためいた。
拠点にはこれまでにしてきた犯罪の証拠が多くある。犯罪者たちは燃やすことで証拠隠滅を図り、火災の騒ぎに紛れて逃走を図った。
警備隊と領軍は拠点に火がついたことに驚愕した。
とにかく、誘拐されたリリーナを無事救出しなければならない。
もちろん、無傷で。
救出活動と犯罪者への対応と火災への対応で現場は大混乱だった。
結局、火災を食い止めることはできずに拠点は全焼。
リリーナは発見できず、救出に失敗した。
捕縛されたのは下っ端で、重要な情報を知っていそうな犯罪者はことごとく死亡という最悪の結果になった。
拠点が全焼する前に、リリーナが自力で逃げたかもしれないというわずかな望みにかけて、フェイリアルは付近を厳重に捜索させた。
しかし、リリーナを発見することはできなかった。
フェイリアルは絶望した。
全てが自分の思い通りになると信じ込み、愛娘が危険に陥ること、命が失われる可能性を全く考えていなかった自らの愚かさを責めた。
だが、後悔しても遅かった。
フェイリアルは放心してしまい、何も指示ができなくなってしまった。
だが、フェイリアルの兄たちとフェイリアルの側近たちが元の計画通りに事を進めた。
公爵及びその娘であるフェイリアルの正妃を誘拐事件の主謀者として捕縛。
厳しい取り調べが行われ、公爵と正妃は有罪が確定。処刑された。
フェイリアルと正妃との婚姻は無効になり、その記録は抹消された。
フェイリアルはようやく自分がインヴァネス大公であることをリリアーナに打ち明けた。
リリアーナは何年も嘘をつかれていたこと、フェイリアルの正妃だった女性とその父親がリリーナを誘拐したことを知り、フェイリアルを責めた。
深い悲しみによってリリアーナは倒れたが、その時に妊娠していることが判明した。
二度とフェイリアルとその子どもが悲劇に合わないように、父王はリリアーナとの正式な婚姻を認めた。
その結果、リリアーナはインヴァネス大公妃となり、生まれた息子のフェリックスは大公子になった。
インヴァネス大公夫妻は息子フェリックスと共に王都の離宮で新しい生活を始めたが、愛娘リリーナを失った悲しみと苦しみを消し去ることはできなかった。
インヴァネス大公夫妻はリリーナがどこかで生きていると信じ、捜索を継続した。
リリーナではないかと思われる者が何人か見つかったが、調査の結果、全て別人だと判明した。
その中には故意にリリーナだと偽る者もいたため、父王はリリーナの捜索を強制的に打ち切らせ、公式においては八歳で死亡という扱いにした。
 





