313 親友同士
「途中退席するとは思わなかった。そんなに我慢できなかった?」
部屋に戻ると、ヘンデルはクオンに声をかけた。
「ヘンデルは私よりも忍耐力があるようだ」
「そうでもない。午後の会談で宰相に文句を言うつもりだった」
「そうか」
「クオンが怒ってくれたおかげで、俺の交渉がしやすくなったよ」
ヘンデルは午後にまた宰相と会談する予定になっている。
最も有効な切り札は、クオンが三回目の会談をしないということ。
ミレニアスは会談が三回あると信じているため、徐々に交渉内容を小出ししよとする。
だが、エルグラード側としては、一回の会談で済むならそれでいいというのが本音だった。
「パスカルが一緒に来なかったから、きっと宰相と話している。俺の仕事がますますやりやすくなった。午後の会談が楽しみだなあ」
不機嫌極まりないという様子のクオンと違い、ヘンデルはご機嫌だった。
「で、何があったのか、聞きたいなあ?」
クオンは眉をひそめた。
「何を言っている? 会談に同席していただろう?」
「昨日の夜からずっと変だよ。俺にはわかる。リーナちゃんと喧嘩でもしたの?」
クオンは険しい表情をして、口を固く結んだ。
「あれ? 黙秘権を行使しちゃう? それでもいいけど、午後は会談があるしさあ。今の内に話してくれない?」
「妻になるのは無理だと言われた。恋人関係も解消したいと言われた」
「もう破局したの! 早すぎ!」
「まだだ。安全を確保するためにも、帰国するまでは恋人関係を解消しないと伝えた」
「すごく重要なことだから、できるだけ詳しく話して!」
クオンは自分が覚えている限りの状況を説明した。
「困ったなあ。クオンがそんなに弱いとは思わなかった」
「私が弱い?」
クオンは眉をひそめた。
「私は弱くない」
「リーナちゃんはキフェラ王女と話して弱気になっただけだ。それをなんとか浮上させるのが恋人の役目なのにできてないじゃん。弱いよ」
「なんとか励まそうとした。だが、何を言ってもダメだった」
「ダメだこりゃ」
ヘンデルはがっかりした。
「まあ、クオンはまともに恋愛したことないわけだし、女性の扱いも教本通りだし、仕方がないか」
クオンはむっとした。
「女性の扱いが教本通りだと? そんなことはない!」
「リーナちゃんが身を引くと言い出すことは想定内だから大丈夫。俺に任せて」
「想定内?」
クオンは驚くしかない。
「私とリーナではうまくいかないと思っていたのか?」
「真面目じゃん? そのせいでダメってなるかもしれないとは思った」
「普通は不真面目なせいでダメになるはずだろう?」
「説明しないとかな?」
「説明しろ」
「真面目に真剣に交際するのはいいことだよ。でも、問題が起きた時に何でも正しく考えようとする。正しくないから許せないとか、許されないって思うわけ」
「それはわかる。だが、普通のことだろう?」
「その普通って部分が問題になる」
ヘンデルは重要なポイントになることを強調した。
「元平民の孤児と王太子が結ばれないっていうのは普通。反対されるのも普通。だから、普通じゃないことを望む自分たちが間違っている。どう? 反論できる?」
「できる。誰を恋人にするかも誰と結婚するかも自由だ」
「俺もそう思う。だけど、それは違うってやつがいっぱいいるのもわかっているじゃん? 王太子は身分の高い女性と結婚するのが普通だっていうやつとかさ?」
人の考えは千差万別。
だからこそ、何かしら基本となるもの、定義となるもの、規範となるものなどが作られる。
法律もその一つ。教科書などもその一種。
多数決を取ることで普通かどうか、正しいかどうかを判別する方法もある。
しかし、それは共通する何らかの要素を持つ人や社会や国などが作り出したもので、違う要素を持つ人や社会や国においては違う。
どれが本当に正しいのかはわからない。
それでもなんとかしようとした結果があるというだけ。
「クオンはリーナちゃんのために結婚しない方がいいって思ったことがある。覚えているよね?」
「覚えている」
「リーナちゃんも同じ。キフェラ王女にあれこれ言われて、結婚しない方がクオンのためだと思ったんだよ。それだけだよね?」
「子どものことも考えていた。つらい思いをさせたくないと言われた」
「偉いなあ。立派な母親になれる素質がある証拠だよ」
「私もそう思う」
「インヴァネス大公領での調査が酷かったから、精神的に疲れていたんじゃないかな? その上、キフェラ王女が密約のことを話したから、自分ではダメだって思ったんじゃん?」
「そうだと思う」
「たぶん、昨夜の話し合いで必要だったのは、リーナちゃんがどう思っているのかを静かに聞いてあげることだった。何を言われても反論しないで、優しく抱きしめてあげればよかったと思うよ」
リーナは動揺し、混乱し、それでも正しい選択を探し、答えを出そうとした。
だが、リーナが正しいとしたのは常識の方。
その結果、自分にとってもクオンにとってもつらい選択をしてしまった。
それは間違いだと言っても、今のリーナには通じない。
まずはリーナの心が落ち着くように、少しでも安心できるようにすべきだったことをヘンデルは説明した。
「そうかもしれない」
「でもまあ、恋人関係の解消をすぐに了承しなかったのは不幸中の幸いだった。まだ恋人だし、リーナちゃんに対して口出しする権利がある」
「そうだな」
「弱っているリーナちゃんをミレニアスに取り込まれないようにしないとだよ」
「わかっている」
「じゃあ、リーナちゃんに対してどんな対応をすればいいのかはわかった。次の話だ」
「次の話?」
クオンは眉をひそめた。





