308 弱気
クオンはアルヴァレスト大公との会談で、精神的にかなり疲れていた。
ミレニアス王宮に戻ると、次々と不在中の報告が上がり、順番に指示を出しているだけで時間が過ぎた。
報告の中にはリーナに関することもあった。
クオンがアルヴァレスト大公との会談中、リーナはミレニアス側から滞在中の対応に問題がないかどうかの確認調査を受けることになっていたが、調査役として来たのがキフェラ王女だった。
メイベルは個別に自室で同じく滞在中の対応についての調査を受けていたことから、一緒にいることはできず、護衛騎士のサイラスだけが同席しただけだった。
キフェラ王女は調査と思われる質問をいくつかしたあと、個人的な話もした。
リーナは恋人だが、元平民の孤児であるために王太子とは結婚できない。正妃になるのは自分だとキフェラ王女が言ったせいでショックを受けてしまい、寝込んでいるということだった。
クオンはサイラスを呼び、リーナとキフェラ王女の会話について詳しく報告させたあとでリーナの部屋に向かった。
調査を受け終わったメイベルが居間で待機していたが、リーナは調査で疲れてしまったために寝室で休んでいるということだった。
「見舞いに来た」
クオンはそう言ってから寝室へと足を踏み入れた。
ベッドを見ると、リーナは毛布をすっぽりとかぶった状態で座っていた。
「調査で疲れてしまったと聞いた。寝ていなくていいのか?」
「まだ明るいので眠れません」
リーナの声は静かだった。
「毛布を頭からかぶるのはよくない。息苦しくなってしまうのではないか?」
「クオン様、ごめんなさい。今は一人にしてください」
「私は恋人だ。何かあった時は側にいて支えるのが務めではないか?」
「そっとしておく方がいい時もあります」
リーナの口調から察するに、感情的になって取り乱している様子はなかった。
クオンはベッドの端に腰かけた。
「重要な会談があって外出していた。そのせいで、ここへ来るのが遅くなってしまった。ようやく会えたというのに、顔を見せてくれないのはつらい。なぜ一人になりたいのか、理由を教えてくれないか?」
「ご存知では? サイラスが報告したからここに来たわけですよね?」
「否定はしない。だが、報告がなくても会いに来るつもりだった」
「クオン様は国王陛下とミレニアス王の密約をご存知ですよね?」
突然の質問だったが、クオンにとって想定内のことだった。
「ミレニアスに来てから知った」
「ミレニアスに来てから?」
リーナにとっては意外な答えだった。
「ミレニアス王に聞いたのでしょうか?」
「いや、フレデリック王太子から聞いた。だが、何も知らなかったと言うわけにもいかないと感じ、あえて知っているような素振りをした」
「そうでしたか」
リーナは頷いた。
「では、いずれキフェラ王女と結婚するわけですよね?」
「絶対にしない」
「国王陛下とミレニアス王が約束しています」
「条件がある。私が三十歳までに別の相手と婚姻すればいい。キフェラ王女との婚姻はなくなる」
「それは聞きました。ですが、国王陛下はクオン様とキフェラ王女を結婚させようと思っています。私は元平民の孤児です。クオン様の妻になりたくても無理です。大勢の人々が反対します。それが常識です」
確かに常識だった。
クオンはそれをわかっていて、リーナとの将来を考えた。
インヴァネス大公夫妻の娘だと判明すれば、ミレニアス王族の身分が与えられるかもしれない。
そうなれば王族同士ということで身分が釣り合うため、縁談が成立するかもしれない。
クオンは期待した。
だが、実際にそうなりそうな状況ではなくなった。
ミレニアス王はあくまでも自分の娘であるキフェラ王女との婚姻を望んでおり、リーナをインヴァネス大公夫妻の娘だと認める気がない。
アルヴァレスト大公もその件については同じで、リーナを認めないことが正当な判断だと考えている。
最終的にはミレニアス王が決めるが、その前に開かれる王族会議においてもミレニアス王とアルヴァレスト大公の意見が一致、インヴァネス大公の意見は通らない。
リーナは現状のまま。元平民の孤児からレーベルオード伯爵家の養女になっただけということに落ち着きそうだった。
「人生に困難はつきものだ。乗り越えるのが難しいこともある。だが、自らの信念を貫く覚悟を持ち、希望と共に前に進むことが大事ではないか?」
そうだけど、でも……。
クオンの言葉は立派だった。
だが、あまりにも立派過ぎて現実的ではないとリーナは感じた。
夢や希望は大切だが、目指すものがあまりにも遠すぎる。
何よりも、リーナは自分に自信がなかった。
勉強で全ての不足を克服できるわけでもなければ、孤児として育った過去を消し去ることもできない。
キフェラ王女と話したことで、無理だと感じてしまった。





