306 常識の壁
「年齢が上がるばかりでしょう? さすがの私もこれ以上は耐えられないと思っていたわ。そしたら一時的に帰国することになったのよ。さすがの両親もエルグラード王太子妃の座を諦めたと思ったら、全然違ったわ。密約があることを教えてくれたの」
王太子が三十歳までに妻を選ばなかった場合、キフェラ王女を正妃に迎える約束をエルグラード王とミレニアス王でしている。
もう少しで期限になる。正妃の座は予約済みだけに、このまま待つよう両親から教えられたことをキフェラ王女は話した。
「リーナは密約のことを知っている?」
「いいえ」
「やっぱりね。恋人は一時的な相手だもの。リーナを妻にするのは絶対に無理だから、クルヴェリオン王太子は密約のことを黙っているのよ」
「どうして絶対に無理なのでしょうか?」
「そんなこともわからないの? 密約があるからよ」」
キフェラ王女は呆れた。
「でも、三十歳までに妻を選べばいいだけですよね?」
「クルヴェリオン王太子が一方的に選ぶのではなくて、結婚して正妃がいるということよ。でも、エルグラード王は私を正妃として迎えることを約束しているわ。リーナが正妃になるのを許すわけがないでしょう? 側妃なら可能性はあるかもしれないけれど、かなり厳しいわね。だって、孤児院で育ったのよ? 元平民の孤児だった女性が王太子の妻にふさわしいわけがないわ。常識よ!」
リーナは反論できなかった。
「だけど、想い合っている恋人たちの邪魔をするのは避けたいの。エルグラードで親切にしてくれた女性であれば余計にね。だから、手を組まない?」
リーナは怪訝な表情になった。
「それはどういう意味でしょうか?」
「正妃の私からリーナを側妃にするよう口添えするわ。王太子の妻たちがいがみ合うよりも協力し合って王太子を支えた方がいいでしょう? 子どもについてもリーナに任せてあげる」
「任せる? 私が子どもの世話をするということでしょうか?」
「産むことに決まっているでしょう?」
キフェラ王女は呆れるような表情を浮かべた。
「私は飾りであっても正妃としてふさわしい待遇と生活を保証してくれるならそれでいいのよ。王太子の寵愛も子どもを産むのも全部リーナに任せてのんびり気楽に生きることにするわ。それなら私もリーナも幸せになれるでしょう?」
リーナが望むのは愛する男性と結婚し、夫婦で支えあっていくこと。
それが夢であり理想であり幸せになるということだった。
だが、その願いを叶えるのは難しい。
なぜなら、クオンとは身分差があり過ぎる。
インヴァネス大公夫妻の娘だと認められれば王族の身分になれると思ったが、インヴァネス大公領で受けた調査の様子から考えると期待できない。
確固たる証拠がないために認められないという判断になれば、今のままになる。
レーベルオード伯爵家の養女ではあるが、孤児院で育った元平民というのは事実。
そのことを知った人々は王太子の妻にふさわしくないと思い、結婚に反対する。
それが常識……。
リーナは自らの素性を確かめることで夢を叶えることができるかもしれないと思った。
しかし、そうではない。厳しい現実を思い知るだけ。
そんな気持ちがリーナの中でどんどん膨らんでいった。





