305 王女の告白
「でも、王立歌劇場で会ったわよね?」
リーナは動揺した。
王立歌劇場でキフェラ王女と会ったのは事実。だが、その時はリリーナ・エーメルと名乗っていた。
リリーナ・エーメルのことは忘れることになっているだけに、どうしようとリーナは困惑した。
「男爵家のリリーナ・エーメルと名乗っていたわよね? でも、本当は平民で名前はリーナ・セオドアルイーズだわ。王立歌劇場に来るために貴族のふりをしていたのでしょう?」
リーナはますます動揺した。
「答えにくいのはわかっているわ。平民が貴族のふりをしていたとわかれば大変よ。ミレニアスだったら厳罰になるわ。絶対に目立つようなことをしてはいけないのに、私を助けようとするなんて……本当におバカさんとしか言いようがないわ! でも、リーナは優しいから見て見ぬふりをすることができなかったのよね?」
リーナは黙ったままうつむいた。
その様子はキフェラ王女にとって肯定にしか見えなかった。
「あの時は他の側妃候補に対してかなり苛ついていたから、リーナに酷い態度をしてしまったわ。でも、あとで気づいたのよ。なんとか私を助け出そうとしてくれたのに、非礼だったわ。今更だけどお礼を言っておくわ」
予想外の言葉にリーナは驚いた。
「リーナには話すけれど、後宮にいる側妃候補たちは身分や家柄が良いだけで、性格は最悪なのよ! あの手この手を使ってライバルを容赦なく貶めて退宮させようとしているの!」
キフェラ王女はふつふつと沸き上がる苛立ちを表情ににじませた。
「側妃候補は王族さえいなければ特別化粧室を利用できるのよ。それなのに他の候補が近くの化粧室でいいと案内役に言ったの。私は王女だから一般の化粧室を使用したことなんてないし、特別なルールがあるなんて知らなかったわ。他の側妃候補はそれを見越して近くの化粧室でいいと言ったのよ。そして、ルール違反だと言って私を責め立てたのよ!」
「そうでしたか」
「エルグラードでは嫌な思いばかりしてきたわ。だから、エルグラードの者を信用できなかったの。女性は特にね。側妃候補はいつも嫌味ばかりで、一人だけ他国人の私と敵対する時だけエルグラード人として団結するのよ!」
キフェラ王女は愚痴を言い始めた。
「私は幼い頃からずっとエルグラードの王太子妃になるように言われてきたわ。大国の王太子妃になるのは大変だろうし、幸せになるためなら仕方がないって思って必死に勉強したのよ。ようやく婚姻前の花嫁修業をするということでエルグラードに行ったのに、側妃候補だなんて……!」
キフェラ王女は自分以外にも王太子の妻の候補がいるとは知らなかった。
だが、エルグラードの王族男子は一夫多妻制で、ミレニアスの王族男子も同じ。
複数の妻の候補がいるというのはおかしくないと思ったが、王女である自分が正妃でもなければ側妃でもなく、側妃候補として後宮に入るとは思ってもみないことだった。
「ありえないって思ったわ。でも、王女だからこそ冷静になろうと努めたわ」
後宮は王族の寵愛を奪い合う女性たちが住む場所。
候補同士が競い合うのも勝ち抜いた者が妃になれるというのもおかしくない。
そもそも、王太子に見初められるだけで解決することではある。
キフェラ王女は怒りを懸命に抑えながら礼儀正しく振る舞っていた。
だというのに、なかなか王太子と会えない。
ようやく会えたと思えば、冷たい態度を取られた。
婚姻する気は全くない。ミレニアスに帰国するよう言われただけで面会は終わり。
呆然としたキフェラ王女を慰めてくれたのは、一緒にミレニアスから来た侍女レーテルだった。
レーテルが後宮の侍女たちに聞いたところ、王太子は政略結婚ではなく自分で選んだ女性を妻にしたいと考えており、国王が選んだ側妃候補全員に同じことを言っている。
その程度で諦めて帰る女性は一人もいないことがわかった。
つまり、婚姻する気がない王太子を振り向かせることが妻になれる女性の条件ということ。
ミレニアス王女の誇りにかけて絶対に王太子を振り向かせてやるとキフェラ王女は思った。
だが、一年が経過したところで、極めて難しいと悟った。
他の側妃候補の意地悪を無視して真面目に振る舞っても、講義で優秀さをアピールしても評価されない。
王太子とも会えない日々が延々と続くばかり。
このまま後宮にいても無駄だとわかり、ミレニアスの大使に帰国したいと伝えた。だが、絶対に無理だと言われてしまった。
両親にも手紙を書いたが、何年かけてでも王太子を振り向かせるように言われるだけ。
ならば、後宮に留めおけないような状況にすればいいとキフェラ王女は考えた。
不真面目な態度を取り、授業をサボり、留学費用以上に買い物をし、わがままな言動をした。
そうすれば側妃候補にふさわしくないということで強制帰国になると思ったが、王太子の側近やミレニアスの大使から注意されるだけだった。
もはや我慢比べ。
他の側妃候補たちもそう思っているのを知り、ひたすら後宮での生活に耐え続けていたことをキフェラ王女は告白した。





