304 意外な調査役
三日目のリーナの予定は一つだけあった。
それは、現時点における滞在中の対応に問題ないかどうかを確認する調査に応対することだった。
「リーナ様、調査役が来ました」
リーナの護衛を務めるサイラスが部屋に通したのはキフェラ王女だった。
「キフェラ王女様!」
リーナは王女の来訪に驚き、慌ててソファから立ち上がると一礼した。
「一応、挨拶をしておくわ。私はミレニアス王国の第三王女キフェラよ。エルグラードに留学しているからエルグラードの者がどのように考えるか理解しやすいでしょう? だから滞在中の対応において問題がないかどうかを調べる役目を任されたの。聞き取りをするから座りなさい」
「はい。では、座らせていただきます」
意外な相手が調査に来たとリーナは思った。
「早速だけど質問よ。この部屋はどう? 居心地は悪くない?」
「はい。悪くありません」
「食事はどう? 味付けや量的に問題はない?」
「問題ありません」
「回数はどうかしら? 間食や夜食も常時受け付けているわ。でも、そういった要望が今のところないようね。遠慮しているのかしら?」
「部屋付きの侍女の方が適切な時に食事やお茶を用意してくれます。追加が必要な場合は呼び鈴を鳴らせばいいと言われていますが、追加は必要ないので要望を出してはいません」
メイベルも個別に調査を受けるということで自室にいる状態だけに一緒ではない。
どんな調査になるのかと緊張していたが、答えやすい内容でよかったとリーナは思った。
「今後も同じような対応になるけど、改善してほしいところはある?」
「今のところはありません」
「だったら良かったわ。ミレニアスは女性の扱いがエルグラードよりも悪いから気になっていたのよ」
エルグラードでは王族付きということが極めて重視されるため、侍女であっても王族付きであれば高い地位にある女性という認識になる。
ミレニアスにおいても王族付きであることは重視されるが、侍女という職種自体が軽視されている。
王族付きであっても所詮は侍女、上の方の召使いという感覚で見下されてしまい、女官よりも圧倒的に扱いが悪いことをキフェラ王女は説明した。
「ミレニアスでは身分の高い女性が侍女になることはないの。だけど、エルグラードでは身分の高い女性でも侍女になるでしょう? 改善命令が出ているけれど、エルグラード側の感覚で満足するかどうかを確認しておかないとだから」
「ご配慮いただきありがとうございます」
「実を言うと、リーナについては別のことも通達してあるの。王族に寵愛されている女性だけに、かなりの配慮をするようにとね」
リーナはキフェラ王女の言葉に表情を固くした。
「リーナはクルヴェリオン王太子の秘密の恋人なのよね?」
「そうです」
リーナは正直に答えた。
「でも、秘密というところが残念ね。まあ、名門貴族の養女になっても、元平民の孤児では公の関係にできるわけがないわ。当然よね」
リーナは黙っていた。
「そのことで大事な話があるの」
キフェラ王女は部屋の中で待機しているサイラスに顔を向けた。
「特別な話をするから、護衛騎士は席を外しなさい」
サイラスは渋い顔をした。
「滞在に関する調査については受けていいとの許可が出ています。ですが、それ以外の話については許可が出ていません」
「エルグラードの騎士はミレニアス王女の要望を拒否できるほど偉いのかしら? 無礼だわ! 文句を言うからすぐに上位者を連れて来なさい!」
キフェラ王女の威圧的な態度に、サイラスは困惑した表情を見せた。
「サイラス様、キフェラ王女様とお話する時間を少しだけでもいただけないでしょうか? ミレニアスには何かとご配慮いただいていますし、こちらも誠意を見せるべきだと思うのです」
「リーナ様、誠意を見せることにつきましては大変素晴らしいと思います。ですが、国家機密に関わる情報のやり取りをすればスパイの嫌疑がかかってしまいます。無用な疑いを避けるためにも、証人として私が待機しているのです。ご理解いただけませんか?」
「キフェラ王女様、スパイの疑いがかかると困ります。立ち合い人がいることをご理解いただけないでしょうか?」
「ずいぶんと警戒しているのね。でも、理解できることではあるわ。だからさっさと聞くわね。リーナはクルヴェリオン王太子を本当に愛しているの? 恋人になるよう強制されているのはなくて?」
「違います。本当に好きです。強制されたわけではありません」
「どうして好きなの? 王太子だから? 普通に考えて、あんなに冷たくて怖そうな男性を好きになるというのは理解しにくいのだけど?」
リーナはキョトンとした。
「クオン様は優しいですよ?」
「本当に?」
「本当です。真面目で誠実な方です。責任感があるので厳しい時もありますけれど、優しさの裏返しです」
好意を持つ女性には甘いタイプなのかしら?
キフェラ王女は心の中で呟きながら、情報として覚えておくことにした。
「私が王太子の側妃候補であることは知っている?」
「はい」
「私のこと、嫌っているのかしら?」
「いいえ。嫌ってはいません」
「どうして?」
「どうしてって……好き嫌いを判断できるほどよく知りません」
リーナは素直に答えた。





