301 大きな一撃
「エルグラードは軍事大国だ。武力を行使することで解決する手段も選べるが、できることなら話し合いで解決したい。だというのに、ミレニアス王には危機感が欠如している。アルヴァレスト大公はどうだ?」
「さすがに、孤児を妻にするために来たとは言わぬか」
「国家間の問題とは別だ。王家同士の縁談が成立するだけで治安が改善するわけではない。犯罪者も一掃されない」
「ミレニアス側の提案を持ち帰り、国王に伝えればいいのではないか?」
「内容を知っているのか?」
「大体は知っている」
「持ち帰る意味がないと思わないか?」
「それは王太子の判断だ。エルグラード国王は違う判断をするかもしれない」
「エルグラードの王太子は常時国王代理としての権限がある。その上で、持ち帰る意味がないと判断した」
「エルグラード国王に伝えないということか?」
「そうだ」
「ならば、密約の期限を待つことになるだろう」
アルヴァレスト大公はエルグラードとミレニアスの王同士による密約を知っているということだった。
「弟の娘の件については期待しても無駄だ。王家の血筋は絶対的かつ尊いものでなくてはならない。確証がないというのに、王族の身分を与えることができるわけがない」
「証拠がある」
「偽証も証拠の捏造もできる」
「調査をすると言ったのは真実を明らかにするためではなく、真実を否定してでもインヴァネス大公に諦めさせるためだったのか?」
「年月が経ちすぎた。行方不明の子どもと大人を見比べ、同じ人物と判断するのは不可能。これこそが真実だ」
アルヴァレスト大公の強い視線をクオンは受け止めた。
「正当な判断をしない王家は自らその威信と誇りを傷つけることになる」
「正当な判断はされる。但し、リリーナにとってではなく、ミレニアス王家にとって正当な判断になるだけだ。ミレニアス王家のことだけに、エルグラードは口出しできぬ」
「取引するのはどうだ?」
「王家の威信に関わる。この件に対する取引はしない。王族会議はこれからだが、最も知りたい情報は得ただろう? 話は終わりだ」
アルヴァレスト大公はこの情報で満足するだろうと思ったが、それは見立て違いだった。
「アルヴァレスト大公家のことについて話さなくてもいいのか?」
アルヴァレスト大公は眉間にしわを寄せた。
「どういうことだ?」
「ミレニアス王は権力を自分に集中させるため、兄から宰相位を剥奪した。その決定が覆されないよう弟と手を組むことで牽制した」
クオンは真っすぐにアルヴァレスト大公を見つめた。
「リーナを認知しなければ、インヴァネス大公が黙ってはいない。ミレニアス王との協力関係にひびが入る。ミレニアス王は兄の存在を気にするだろう」
アルヴァレスト大公は黙ってクオンの視線を受け止めた。
「ミレニアス王は自分以外の誰かに権力を与えたくはない。どうすると思う? 簡単だ。兄の息子に対して完全な臣籍降下を行えばいい。貴族の公爵位に格下げだ」
アルヴァレスト大公が最も懸念しているのはアルヴァレスト大公家の没落であることをクオンは見抜いていた。
「ミレニアスの王位継承権の第二位はインヴァネス大公家にある。だというのに、前王はインヴァネス大公の娘に王族の身分を与えなかった。より下位であるアルヴァレスト大公家の子どもから王族の身分を奪うのは造作もない。前例がある」
アルヴァレス大公が老練な政治家だからこそ、クオンの言葉が胸に突き刺さった。
王権を強化する方法も政敵を潰す方法も多くある。
最も効果的なのは、身分や特権を奪うこと。
ミレニアス王にはそうするための正式な権限があった。
「フレデリック王太子は利口だ。私の弟やインヴァネス大公と親しくしながら、エルグラードとの関係を重視することで、将来に保険をかけている」
アルヴァレスト大公はその通りだと思った。
「だが、アルヴァレスト大公は将来に対して最も有効な保険をかけていない。リーゼルにかけているつもりなのだろうが、領地がアルヴァレストでなくなったらどうするつもりだ?」
アルヴァレスト大公はハッとした。
「王には領地を返上させる権限も、変更する権限もある。リーゼルと離れた領地、あるいは領地なしの状態になったらどうなるか考えたことはあるのか? アルヴァレスト大公の代は安泰だとしても、息子の代も同じだという保証はない」
アルヴァレスト大公は反論できなかった。
「私との会談を活かせなかったことが、アルヴァレスト大公の子どもたちの将来を追い詰めることになるかもしれないな?」
クオンの問いかけは、アルヴァレスト大公にとって大きな一撃になった。





