298 帰り道
茶会が終了した。
エゼルバードはフレデリックたちと場所を変えて一緒に過ごすが、リーナを遅くまで連れ歩くと長兄の叱責は免れない。
そこでリーナとメイベルは先に王宮へ戻ることになった。
二人を送る役目を任されたのはセブンとアベル。
「リーナ・レーベルオード。息災で何よりだ」
馬車に乗り込むと、セブンがリーナに話しかけた。
「ディヴァレー伯爵様もお元気そうで何よりです」
「私のことはセブンと呼べ。以前にも言った」
「申し訳ございません。色々と状況が変わったので、失礼に当たらない呼称がいいのではないかと思いました」
「王宮への移動時間は短い。用件を伝える。お前は今こそ多くの者に囲まれ守られているが、人生は何が起きるかわからない。突然何もかも失ってしまうこともある。お前ならば理解できるはずだ」
突然のセブンの言葉にリーナは驚くしかない。
だが、セブンが言いたいことは理解できた。
「我慢強さは美徳だが、我慢するばかりでは状況が変わらないこともある。お前の周囲にいる者があてにならない時は私のことを思い出せ。力を貸す」
「ご配慮は嬉しいのですが、不思議です。私とセブン様は顔と名前を知っている程度でしかありません。なぜ、そのようなことを言われるのでしょうか?」
「私の妹を知っているな?」
「はい」
ラブという変わった名前だったとリーナは心の中で思った。
「私の妹はわがままだ。無礼な態度を取るかもしれないが、本心を隠すためであることを伝えておきたい。寂しい気持ちを紛らわせるために強がっている」
ウェストランドは政略結婚を当然とする家柄で、本人の意志は尊重されなかった。
セブンとラブの母親であるプルーデンスは、ウェストランド公爵の一人娘として父親が選んだゼファード侯爵との政略結婚を強制された。
ところが、ラブの瞳の色は青。両親の瞳とは別だった。
そのせいでラブの父親がゼファード侯爵ではなく別の者であることがわかってしまった。
ウェストランド公爵家の直系はプルーデンスであるため、プルーデンスの産んだ子どもであれば父親は誰でもいい。
ウェストランドを名乗ることもでき、爵位の継承権もある。
しかし、夫であるゼファード侯爵の娘ではない、婚外子として世間から冷たい目で見られたことで、ラブの心は深く傷つきすさんでしまったことをセブンは話した。
「お前は世間の冷たい視線や心無い言葉がいかに人の心を傷つけるかを知っている。妹と親しくしてほしいとは言わないが、複雑な家庭環境や事情があることを知っておいてほしい。私もお前が孤児として育ったことを軽視することはない。偏見もない。お前自身を公正に判断した上で接するつもりだ。そのことを心に留めておいてほしい」
「わかりました。私とラブ様が会う機会があるのかはわかりませんが、今のお話を心に留めたいと思います。それでよろしいでしょうか?」
「もう一つある。キフェラのことだ」
「キフェラ王女ですか?」
リーナは更に意外な人物の名前が出たと思った。
「状況から考えると、キフェラは邪魔な存在でライバルのようなものだ。お前の周囲にいる者はキフェラを排除しようとするだろう。だが、キフェラはお前を敵視してはいない。自ら敵を増やすかどうかはよく考えた方がいいだろう」
セブンの言葉を聞いたメイベルは困惑した。
キフェラ王女については、リーナに近づけないことになっている。
だというのに、セブンはキフェラ王女を敵視するのは得策ではないと言っていた。
「セブン様はキフェラ王女を敵視しないというか、友人になったほうがいいと思われているのでしょうか?」
「キフェラはお前を懐柔したいと思うだろう。だが、受け入れる必要はない。かといって、拒絶する必要もない。周囲に任せて黙っていればいい。そうすれば悪意を向けられずに済む」
「セブン様は私が悪く思われないように考えてくださっているのですね」
「お前は賢いとは言えない。それは勉強ができないという意味ではなく、優しいという意味だ。良心や善意で動くのはいいが、その結果がいかに不利益かを考えていない。もっと自分にとって得かどうかを考えた方がいい」
リーナはセブンの言っていることを理解できたが、そうしようとは思わなかった。
「セブン様の言葉はきっと正しいのだと思います。でも、私は自分の益になることを前提に相手に優しくするかどうかを決めたくはありません」
リーナはまっすぐにセブンを見つめて言った。
「孤児だった私はとても困難な立場でした。その時に私を助けてくれた者や優しくしてくれた者は自らに益があると思ったからではないはずです。無償の愛や優しさ、人を思いやる気持ちからです。そのことを教えてくれた人々の恩情に応えるためにも、私は心のままに優しくありたいと思っています」
「その言葉が本心からのものであれば、人としての道を踏み外すことはない。だが、純粋な気持ちを利用する者がいることだけは忘れるな」
馬車が王宮に到着したため、話はそこまでになった。
リーナとメイベルを部屋まで送り届けたあと、アベルはようやくセブンと話せると思った。
「馬車の中では随分と饒舌でしたね。とても驚きました」
「お前も茶会では饒舌だった」
「気に入っているのですか? それともエゼルバード様のためですか?」
「利用できる」
「そうですね。妹をダシにするほどの価値があるようです」
セブンがリーナに妹の話をしたのは、兄として妹を気遣ったためではないことをアベルは見抜いていた。
「利用しようと思っている者に、利用しようとする者がいるという忠告をする意味があるのですか?」
「お前も同じだろう?」
セブンの言葉に、アベルは笑みを浮かべた。
「何のことですか?」
「利用価値があると考え、リーナとの接点を作っておくことにした」
「エゼルバード様のためです。隣の席でしたので、何も言わないのもどうかと思いました」
「違和感しかなかった。多くの者が饒舌なお前を好奇のまなざしで見つめていた」
「久しぶりにエゼルバード様とお会いできたので、気分が高揚していたのです」
「そういうことにしておいてもいい。だが、毒を盛る可能性が一番高いのはお前だ。だというのに、毒に用心しろと話し、見分ける指導までするのは滑稽でしかない」
セブンの言葉に、アベルは苦笑した。
「滑稽なのは貴方もです。死神から道化師に転職したのですか?」
「少なくとも悪魔には転職しない。隣にいる」
悪魔というのは、アージェラスにおけるアベルの異名だった。
「ところで、老師には会ったのですか? それともこれから?」
「一応は会うつもりだ。お前は?」
「そろそろ寿命では? 生前に会い、秘密の情報を引き出しておくのも悪くありません」
セブンとアベルは同じ師に学んだ経験を持つ。
学んだ内容は暗殺術とその対処方法。
自分が暗殺者に狙われた際の対処に役立てるという目的で、元暗殺者から講義を受けていた。
「一緒に行くか?」
「死神と悪魔が揃って行けば、老師も喜びます。地獄へ落ちるにあたって、心の準備ができますからね」
「遺言を聞いてやろう」
「益のある遺言がいいですね」
両者ともに普段は寡黙な者として知られていたが、二人だけの時は次々と言葉が溢れていた。





