290 会談
リーナやエゼルバード達が外出している頃、王宮ではミレニアス王とエルグラード王太子との会談が行われていた。
同席するのは、ミレニアスの宰相と王太子の側近であるヘンデルの二人だけで、他の者は隣の部屋で待機していた。
挨拶から始まったものの、早速話し合われたのが国境周辺の治安悪化に関する問題で、すぐに不穏な雰囲気が漂った。
「エルグラードはこの問題を解決したいというのに、ミレニアスは何年経っても対応しない。そのせいで問題は長期化、国境周辺の治安は悪化の一途をたどっている。この責任をどう取るつもりだ?」
クオンはミレニアス側の責任を問い詰めた。
「エルグラードは長年に渡り、国境周辺の治安悪化はミレニアスのせいだとしてきた。だが、適切ではない。エルグラードのせいでもある。ミレニアスだけに責任を押し付けるのはおかしい」
「エルグラードはさまざまな対策をしてきた。だが、ミレニアスが反対するせいで限定的な対応しかできない。効果が上がらない」
「内容に不満があるのであれば、了承せずに交渉を続ければよかった」
「了承しなければ、いつまでたっても交渉が終わらない。一時的な処置として受け入れたまでだ」
限定的な対策では効果が出ないため、エルグラードはより多くの対策案を考えた。
しかし、国境への対策についてミレニアスが了承しない。
両国の友好を損なう行為だと主張してばかりいることこそ、両国の友好を損なうことになるとクオンは伝えた。
「両国の友好が失われても構わないのか?」
「こちらにも事情もある」
「どのような事情だ?」
「金がかかり過ぎる」
エルグラードは両国の国境線を明確にするため、目視できる壁の建設を提案した。
両国を隔てる壁になるため、その費用は両国で折半という話だったが、あまりにも莫大過ぎるということでミレニアス側は拒否した。
「エルグラードが全て負担するなら考えると答えたというのに、エルグラードが無理だと断った」
「費用を全てこちらで持つというのはありえない。国境線は両国のものだ」
「ミレニアスは負担しない。ミレニアス国内では問題が起きていない」
「起きている。エルグラードに密入国する者が増えている」
「ミレニアス国内について口を出すつもりか? 内政干渉は許されない」
「密入国は犯罪につながる。ミレニアス王族であるインヴァネス大公の娘が何者かに誘拐され、エルグラードで保護された。このようなことが起こってしまったのは、ミレニアス側の国境監視がずさんだからだ。王族の血を引く者が他国に連れ去られたというのに、何も問題はないというのか?」
ミレニアス王は早速その件を絡めて来たかと思った。
だが、それについては事前に検討済みだった。
「インヴァネス大公の娘は死亡している。エルグラードで発見された者がインヴァネス大公の娘かどうかの調査はするが、最終的な決定権はミレニアスにある。エルグラードが口を挟むべきことではない」
「他国の王族が誘拐されてエルグラードに来たとなれば大問題だ。調査には私も同席したが、インヴァネス大公の娘だと思った。証言に疑わしい点はなく、証拠品として身分証の指輪も発見されたはずだが?」
「だからどうだというのだ? エルグラードには関係ない」
「エルグラード国民の女性がミレニアス王族の血を引くというのであれば、今後について考えなくてはならない。本来の素性を名乗るかどうかも、ミレニアス王家に関係するのではないか?」
「調査内容については王族会議で話し合う。今は国境問題の話をしていたはずだ」
ミレニアス王は議題を戻した。
「では、国境問題に戻る。エルグラードから通達がある」
「どのような案だ?」
「犯罪者の引き渡しには応じない」
エルグラードで犯罪行為をした場合は他国籍の者であってもエルグラードの警備隊が捕縛し、エルグラードの法律で裁かれる。
しかし、他国籍の場合で国籍を持つ国から引き渡しの要求があれば、できるだけ応じることが両国の取り決めとしてあった。
そのことをわかっている犯罪者はミレニアス人だと主張し、身元をミレニアスに問い合わせるよう主張する。
ミレニアスに身元を問い合わせると確かにミレニアス人だということになり、引き渡し要求がある。
エルグラードがそれに応じると、ミレニアスは国内で犯罪行為をしていないということ、捕縛者が森に迷ったというような言い訳を信じて釈放してしまう。
つまり、ミレニアスは犯罪者を野放しにしているのと同じだということが説明された。
「現在の対応を見ると、ミレニアス人がエルグラードで犯罪行為をするのを抑制できていない。再び密入国して犯罪を繰り返す者も多くいることから、犯罪者の引き渡しは慎重にする。刑の執行を考慮した上での判断になるだろう」
「両国間の取り決めに反している」
「国際犯罪の撲滅に協力しないからだ。ミレニアスは正規の入国者が通るルートにしか警備隊を置いていない」
「広大な森を常に隈なく警備するわけにはいかない」
「広大な森は犯罪者にうってつけの隠れ家だ。違法な薬草の栽培もしていることが犯罪者の証言でわかっている」
「犯罪者の言うことを信じるのか?」
「チューリフに来る前にインヴァネス大公領に寄り、実際にユクロウの森の中に犯罪者の拠点や違法な薬草園がないかどうかを調べてくれるよう頼んだ。ヘンデル、資料を出せ」
「こちらに」
ヘンデルはインヴァネス大公の協力を仰ぎ、レイフィールが発見した犯罪者の拠点らしき場所や違法な薬草の栽培地についてまとめた書類を出した。
「インヴァネス大公と協力した調査で明らかになった場所だ。未確認の場所を含めるとまだまだある。ユクロウの森のミレニアス側が犯罪者の一大拠点になっている事実を深刻に考えるべきだろう。ミレニアスがエルグラードの平和を乱す犯罪者を庇うのであれば、ミレニアスに対しても厳しい対応を取るしかない」
ミレニアス王と宰相は渡された資料の分厚さを見てため息をついた。





