286 白鳩会
白鳩会の茶会は立席式で、大広間には美しく着飾った参加者たちが集まっていた。
「これより白鳩会の特別茶会を始める。今日は特別な客を招待した。エルグラード王国の第二王子エゼルバードだ」
フレデリックがエゼルバードを紹介すると、歓迎をあらわす拍手が鳴り響いた。
「知っている者も多いと思うが、エゼルバードがミレニアスに留学していた時に白鳩会が結成された。白鳩会はミレニアスとエルグラードの友好を深める集まりだ。ミレニアスに舞い戻ったエゼルバードを白鳩会で迎えることができるのは非常に喜ばしい。心から歓迎したい」
フレデリックの言葉に合わせ、またしても拍手がされた。
「次に、幼少時代からの友人であるディヴァレー伯爵、友人のノースランド子爵、ディーバレン子爵。まあ、留学組のことは知っている者も多いだろう」
リーナはその時初めてシャペルが子爵だということを知った。
「そして、レーベルオード伯爵令嬢だ。王太子の側近であるレーベルオード子爵の妹で、自らも王太子付きとして仕えている。無礼なことは絶対にするな。リーナの庇護者はレーベルオードだけではない。クルヴェリオン王太子とエゼルバードも名を連ねている」
「リーナは私にとって妹のような存在です。そのことを忘れないように」
エゼルバードはにこやかに微笑みながら宣言した。
茶会が幕を開けると、エゼルバードの側に人々が駆けつけた。
「エゼルバード! 会えて嬉しい!」
「ハルも元気そうですね。茶会に来ているとは聞いていませんでした」
「午前中にチューリフに到着したばかりだ。本当は昨日到着する予定だったが、王都の入出場に厳しい制限がかけられていた。フレディに連絡がつかず、今日になってやっと入れた」
「今のチューリフはエルグラードの王族を一目見ようと思う人々でどこもいっぱいだ。入場できただけでもましだと思え」
フレデリックがにやりとしながらそう言うと、ハルと呼ばれた男性はむっとした表情になった。
「私が行くことは知らせてあったはずだ。だというのに、なぜ、入場許可を出しておかなかった?」
「いつ到着するかは追って知らせると聞いていた。エゼルバードと同じ日だとは思わなかった」
「エルグラードに行くよりは近いからな。執務を投げ出して来た」
「結果的には今日でも問題なかった。昨夜の舞踏会に出たいと言われても招待することはできない。招待状の追加発行は一切認めないと父上が決めていた」
「大使の招待状を奪うだけだ」
「ルーシェが来ていた。大使の分を奪ったんじゃないか?」
「ならば、ルーシェから奪えばいい。あいつは招待状がなくてもうまく潜り込める」
フェリックスから紹介されたルーシェはローワガルンの大公子。
そのような人物から招待状を奪えるのだろうかとリーナは不思議に思った。
「リーナ、ハルはローワガルンの大公世子です」
「大公子ではなく、世子ですか?」
初めて聞く言葉だったためにリーナは聞き直した。
「ローワガルン大公国では、次代の大公となる跡継ぎを大公世子と呼ぶ。敬称は殿下だ。言葉は違うが、王太子と同じような身分と称号になる。それ以外の者は大公子。これは王子に相当する。同じく敬称は殿下だ」
ロジャーが解説した。
「では、こちらの方はルーシェ大公子殿下のお兄様なのでしょうか?」
「そうです」
「ローワガルンの大公世子ハルヴァーだ。親しい者はハルと呼ぶ。エゼルバードがミレニアスに来るというので馬を飛ばして駆けつけたのだが、女性連れとは思わなかった」
ハルヴァーはリーナに笑顔を向けた。
「またコンテストでもしたのか?」
「コンテスト?」
「留学中、ミレニアスでエゼルバードの妹役を決めるというコンテストがあった。優勝すると、しばらくの間、特別にエゼルバードの妹としてふるまえるという趣向だ」
ロジャーの説明を聞いたリーナは困惑した。
「妹を偽装するということでしょうか?」
「偽装?」
「笑える」
ハルヴァーとフレデリックが笑ったことで、同じように笑う者が続出した。
「申し訳ありません。言葉遣いがおかしかったようです」
「気にしないように。この者たちは何でも面白おかしく考えるのです。暇人なのでね」
「暇ではない。執務に忙しい。いっそのことエルグラードに留学するといって、大量の執務から逃亡したいところだ」
「それはただの現実逃避です」
「俺よりましだ。ただの連絡事項しかこない」
フレデリックが投げやりにそう言うと、ハルヴァーが肩を叩いた。
「どっちも最悪だな。だが、ミレニアス王に何かあれば書類が大量に届くようになる。それはそれで嬉しくないと思うが?」
「あと何年遊べるかだ」
「友人と連絡を取り合うだけでも外交活動になるのは得だ」
フレデリックとハルヴァーの会話が弾み出すと、別の者がエゼルバードに声をかけた。
「お久しぶりです、エゼルバード様」
ミレニアスの隣にあるアージェラス王国の第三王子アベルは非常に大人しそうに見えるが、エゼルバードの熱狂的な信奉者の一人だった。
「アベルも来ていたのですね」
「はい。ぜひともお会いしたくはせ参じました」
「最近エルグラードには来ませんね。忙しいのですか?」
「はい。かなり」
アージェラスでは病弱な王太子と健康な第二王子による王位継承争いが起きていた。
「リーナ、アージェラス王国の第三王子アベルです。外交的な仕事を担当しているのでエルグラードに来る機会もあるでしょう。顔と名前を覚えておきなさい」
「リーナ・レーベルオードと申します。どうぞよろしくお願い申し上げます」
リーナが挨拶すると、ハルヴァーが不満そうな表情になった。
「私の顔も覚えておくべきだと助言すべきではないか? 大公世子だが?」
「ハルはローワガルンからほとんど出てきません。大公になればそれこそ国外には来ないでしょう。顔を覚えてもあまり意味がありません」
「正論だが、エゼルバードに言われると傷つく」
「勝手に傷つきなさい」
友人同士らしく、軽口をたたきながらの会話が続いた。
リーナは茶会でエゼルバードの友人に会うことになると思ってはいたが、ミレニアスの者だと思っていた。
ところが、他国の高位者が何人もいた。
執務を放り出してまで駆け付けるというのも普通ではない。
エゼルバード様の交友関係はすごいです……。
リーナはエゼルバードの特別さをあらためて感じることになった。





