280 馬車屋
昼食の後はミレニアス王家御用達の馬車屋に向かった。
「王太子殿下!」
無理難題を要求するのが常であるフレデリックが来店すると、馬車屋の店員たちは心の中で最大級の警報を鳴らした。
「すぐに責任者を呼びますので!」
血相を変えた責任者のミラードは駆け付けた途端、フレデリックの同行者を見て驚愕した。
「エルグラード第二王子殿下! ようこそおいでくださいました!」
エルグラードから四人の王子が来訪するということは新聞でも大々的に報じられたために知られていた。
「私が誰なのかを知っているのですね」
「はい。ご留学中にご来店された時、御尊顔を拝見する機会を賜りました」
「黄金の馬車を作らせただろう? 外観がかなり変わってしまったが、あの店だ」
ミレニアスに留学中、エゼルバードが乗るのにふさわしい馬車について友人たちが話し合い、デザインや機能で案を出し合いながら競い合った。
エゼルバードが選んだのが黄金の馬車の案で、それを特注して作らせることになった時に馬車屋へ来たことがあった。
「エゼルバードの気に入る馬車がほしい。帰国までに用意しろ」
「帰国までに!!!」
「帰国時に使用するためだ」
馬車を制作するには日数がかかる。
特注の場合は数カ月から一年ほどの制作期間がかかるのが当たり前。
凝りに凝ったものだと数年かかえることさえある。
その常識を無視する客の一人がフレデリックだった。
「王太子殿下、さすがに製作日数が少なすぎます」
「だろうな。だが、土産として贈る。なんとかしろ」
「まずは応接間の方にご案内いたします」
ミラードの案内で、一行は応接間に通された。
舞踏会が開けそうな大きな広間に、複数の豪華な馬車が置かれていた。
「こちらにある馬車が個室扱いになっておりまして、お気に召された馬車の中でお話をさせていただきたく存じます」
ミラードがそう言うと、エゼルバードはフレデリックを見た。
「店の外観だけでなく、接客方式も変えたのですか?」
「エルグラード王家の御用達の馬車屋は、応接間に本物の馬車の見本が飾ってあると教えた。ミラードは飾るだけでなく、馬車自体を商談用の個室にした」
「面白い趣向です。それだけ馬車に自信があるといいたいのですね?」
「数時間の話し合いで居心地が悪くなるような馬車では実用性に乏しいだろう?」
商談時に馬車に乗ることによって、馬車内の内装、広さや高さ、座り心地、収納について具体的に話し合えるようになっていた。
「どれがいい?」
「長距離用の馬車はどれですか?」
「一番右の馬車になります。ですが、座席の定員が八名になります」
打ち合わせに同席する店員は二名。
そうなると、馬車の中で打ち合わせに参加できるのは六名までだった。
「エゼルバード様、私はエンゲルカーム夫人と別の馬車を見学していてもよろしいでしょうか?」
馬車の注文に無関係な自分は遠慮すべきだとリーナは思った。
「リーナは同席しなさい。ありきたりな馬車にするつもりはないのでね」
エゼルバードは同席者としてリーナを選んだ。
「あとはフレディとロジャーでいいでしょう」
エゼルバードが同席者を選んだ。





