28 ポーラとの話し合い
リーナは新しい巡回ルートを考案し、二枚目までは早く回れるようになっていた。
三枚目や四枚目の場所がなければ、十七時までにほぼ終わる。
大進歩だった。
しかし、十分ではない。全ての巡回ができるように改善しなければならない。
リーナはポーラに会うことにした。
白の控えの間のトイレ掃除を終えると、リーナはポーラを探しに行った。
ポーラは見習い侍女の休憩室にいた。
「ポーラ様、お仕事の件でお話があるのですが」
ポーラはすぐに不機嫌そうな顔をした。
「何かしら?」
「ポーラ様は巡回業務をされていると思うのですが」
「待って!」
ポーラは叫んだ。
「具体的な話だと仕事に関する情報漏えいになりかねないわ。他の場所で話しましょう」
「はい」
ポーラは少し先のトイレに行き、使用不可の札を出入り口に立てた。
中に誰もいないことを確認すると、ポーラはようやく話の続きをするように促した。
「ポーラ様は二階にある化粧室の巡回をされているはずです。書類にして二枚分だと思います。そのお仕事は終わっているのでしょうか?」
「終わってないわ。でも、巡回すると足が疲れてしまうでしょう? だから休憩室で足を休めていたのよ」
「今お持ちのファイルが、その書類でしょうか?」
「そうよ」
「私は掃除部のリーナです。ポーラ様と同じ仕事をしています」
「貴方だったのね!」
突然、ポーラは怒りの形相になった。
「貴方が脳なしのせいで私が巡回する羽目になったじゃないの! おかげで毎日トイレに行かないといけないのよ?」
誰でもトイレは毎日使う。
行くのが当たり前ではないかとリーナは思った。
「仕事がトイレに関することだなんて汚らわしいわ! 足も疲れちゃうし最悪よ!」
ポーラは自分の仕事が不満だった。
貴族出自だというのに、トイレを巡回する仕事をしなければならない。
ありえないと感じ、不満を募らせていた。
「申し訳ありません」
リーナは深々と頭を下げて謝罪した。
冷静に話し合うためにも、ポーラの怒りを静めなければならないと思った。
「努力しているのですが、私には難しいお仕事のようです。ポーラ様に迷惑をおかけしたくはないのですが、三枚目や四枚目を巡回するための時間がないのです」
「掃除が遅いのよ! ダラダラしている証拠よ!」
「急いでいます。でも、全く汚れてなくても、乾拭きをしないといけないので」
「なんですって!」
ポーラは驚愕した。
「汚れてないのに掃除しているの?」
「埃がたまるといけないので」
「馬鹿じゃないの!」
ポーラの怒りは頂点に達した。
「掃除は汚れているところをすればいいのよ! 汚れていないところはする必要がないの! そんなこともわからないの? そんなやり方じゃ時間が足りなくても当然ね! 掃除する必要がないところを、わざわざ掃除するなんてありえないわ! そうやって、楽をしているのね!」
「違います。楽をしているのではなく埃がたまらないように」
「言い訳はやめなさい!」
ポーラは自分のファイルをリーナに押し付けた。
「そんな余裕があるならこっちの仕事をしなさい! これは命令よ! 私の方が偉いのだからちゃんと聞きなさい!」
ポーラは出て行ってしまい、リーナだけがトイレに取り残された。
掃除部では予防行為をしないと怒られるのに、ちゃんとしたら怒られるなんて……。
リーナはため息をつくと、ポーラの残していったファイルを見た。
確かにまだ終わっていない。だが、残っているのは二カ所だけだった。
足が疲れたために休憩し、就業時間までに二カ所を回るつもりだったのだ。
リーナはもう一度ため息をつくと、巡回業務に戻った。
十五時半頃を見計らって清掃部に行き、リーナは二枚目までの報告をして指示書を受け取った。
「リーナ」
「はい」
「先ほど、ポーラが来ました。貴方が仕事をサボっていると主張していました。どういうことか説明しなさい」
リーナは正直に話した。
なんとか三枚目や四枚目も自分で担当できないかと工夫しているものの、なかなか難しい。
そこでポーラに相談に行った。
すると、ポーラは激怒し、リーナの掃除の仕方が悪くて遅いために巡回の仕事ができないのだと指摘した。
リーナはトイレが汚れていなくても、埃がたまらないように乾拭きしていた。
掃除の中には汚れている場所を綺麗にするだけなく、落ちにくい汚れがつかないようにするための予防行為も含まれている。
パッと見て綺麗なら掃除しないでいいということにはならない。
綺麗に見えても水拭きや乾拭きをして、非常に細かい埃やゴミを取り去る。
しかし、ポーラは予防行為を無駄だと判断した。
リーナのしていることは仕事を楽にするため、わざと予防行為をしてサボっていると思った。
怒ったポーラは予防行為をやめて巡回に行くよう命令した。そして、ファイルをリーナに渡した。
リーナの説明を聞いたセーラはため息をついた。
「ポーラは少し問題がある侍女見習いですが、今回の件に関してはリーナにも問題があります。予防行為は重要です。ですが、埃による汚れは一日で大量に出るわけでもありません。それはわかりますね?」
「はい」
「貴方はとても真面目です。隅々までしっかり掃除しているのもいいことです。ですが、汚れていないのに掃除をする必要ありません。汚れている場所を掃除すべきでしょう」
リーナはうなだれた。
「予防行為は毎日必要だと思いますか? 状況によっては数日おきでもいいのでは?」
リーナは目を見張った。
掃除部においては指定された場所を毎日掃除するのが常識だ。
汚れていないからといって、今日の掃除はしなくていいということにはならない。予防行為を行う。
掃除しないのは仕事をしていない。サボっていると思われる。
しかし、清掃部には掃除部とは違う考え方がある。
状況によっては掃除も予防行為も必要ない。
数日おきでもいいことを知った。
「仕事に余裕があるのであれば問題ありません。ですが、毎日残業しています。予防行為は数日おきにして、巡回業務を多くこなした方がいいのではありませんか?」
「申し訳ありません。気が付きませんでした」
「貴方は早く出世したせいで経験が不足しています。真面目に丁寧に仕事をすることは学んでいても、重要なことを見極めて優先するという応用ができていません」
掃除を優先にするとしても、どんな掃除であってもいいということではない。
掃除の中には優先しなくてもいいようなこと、数日おきでもいいようなこともある。
「無駄を省き、巡回をできるだけ多くするのです。汚れていない場合は掃除をしなくて構いません。その分を巡回にまわしてみましょう」
「はい」
「リーナが頑張っているのは知っています」
セーラは励ますようにそう言った。
早朝勤務の許可が出たのはリーナ自身の努力だ。
上司であるセーラは早朝勤務ができないことを伝えた。
侍女長も許可しなかった。
それでもリーナは諦めず、早朝時間の管轄である侍従長の元へ行き、直談判した。
侍女側は侍従側の許可が出ないという前提で判断していたが、推測にしか過ぎない。
侍従側に問題がなければ、そのことを知った侍女側の判断が変わるかもしれないとリーナが思ったからだ。
そして、その通りになった。判断が変わった。
「早朝勤務の許可が出たのは、諦めずに頑張りたい、自分に与えられた仕事をやり遂げたいと思ったからです。それもわかっています」
「セーラ様……」
リーナは嬉しくなった。じんわりと目頭が熱くなる。
「最近の残業時間は少ないようですね? 封筒にある受付時刻の刻印が早くなっています」
リーナは勤務を終えると書類を郵便ポストに入れる。
入れる時間が早いほど郵便物の回収も早くなり、受付時間の刻印も早くなる。
「これからも工夫を心掛け、与えられた仕事を全てこなせるように努力しなさい」
「はい!」
「それから、報告についても変更します」
セーラは清掃部の終業時間に合わせてリーナが報告に来ることに疑問を感じていた。
指示書が必要なことを報告して指示書を受け取り、掃除部に届けるには時間がかかる。
リーナの巡回が終わっているのであればいいが、終わっていない。
掃除と巡回以外にも報告と指示の通達という仕事が自動的に追加されてしまっている状態だった。
そのせいで、本来の仕事である掃除と巡回の時間が減っている。
「巡回は元々侍女や侍女見習いの仕事です。報告や指示書の通達も同じく。そこで、途中報告と指示書の通達はポーラに任せることにします」
十五時以降、リーナは清掃部ではなく侍女見習いの休憩室に行く。
ポーラは休憩と合わせて待機しているため、臨時で掃除が必要な場所の番号を伝える。
リーナはポーラに番号を伝えた後、巡回に戻ればいい。
「ポーラに報告した後になると、時間的に追加の指示は難しいでしょう。そこで、一を発見しても二にしなさい」
使用禁止にしても問題がなさそうな場所は使用禁止の札を立て、そのことを手紙で報告する。
翌日に掃除に来た者が札を片付ける。報告済で処理するため、問題にはならない。
「緊急の場合は直接報告しに来なさい」
「はい」
「明日も九時に書類を受け取りに来なさい」
「わかりました」
リーナは立ち去ろうとした。
「待ちなさい」
メリーネが声をかけた。
「何か御用でしょうか?」
「通達業務が侍女や侍女見習いの仕事というのは正しい認識です。明日からポーラにさせるのであれば、今からさせなさい。リーナには巡回を優先させるのです」
「わかりました。指示書は私の方で預かります。巡回に行きなさい」
「はい! ご配慮いただきありがとうございました! これからも頑張ります!」
リーナが頭を下げるとメリーネが頷く。
残業が終わった。
それほど遅くはならなかった。
夕食も入浴時間もゆっくり取れた。
少しずつ良くなっている……。
そう思いながら、リーナは明日に備えて寝ることにした。





