261 急使
クオンは国王の急使と謁見した。
急使がディヴァレー伯爵ことセブンであることを知り表情を険しくしたが、届けられた手紙を読むといっそう厳しくなった。
「お前はこの手紙の内容を知っているのか?」
「御意」
クオンの表情が歪んだ。
「なぜ、知っている?」
「別の手紙にすり替えられないよう大体の内容は教えられました。国家機密事項であることは承知しています」
「私がこの内容通りに動くと思うのか?」
「王太子殿下の判断はミレニアス王国との国交に強く影響すると思われます」
セブンの言う通りだった。
国王が極秘だとして送って来た手紙には、クオンがミレニアス王国ですべきことについて書かれていた。
王都を出発する時、国王も宰相もミレニアス王国とどのような交渉をするかについては何も言わなかった。
全てを任せるという判断だとクオンは思っていたが、そうではなかった。
単純にどうするか決まっていなかっただけであり、ようやく決まったために教えるという内容の手紙だった。
「お前も手紙の内容を知っているのか?」
クオンはエンゲルカーム卿にも尋ねた。
「恐れながら申し上げます。ディヴァレー伯爵と同様、手紙が真実であることを保証するために、大まかではございますが内容を教えられております」
「他には誰が知っている?」
「キルヒウス殿も直接話を聞かれました。それ以外の者は、あの場にはいませんでしたので、取りあえずは三名です」
「レーベルオード伯爵は知っていそうか?」
「我々の前に国王陛下と宰相閣下に謁見していたのはレーベルオード伯爵です。個人的な推察ではありますが、謁見の間を出て来たレーベルオード伯爵はお怒りになられているようでした」
そうだろうとクオンも思った。
レーベルオード伯爵がリーナを養女にしたのは、クオンが寵愛しているからという理由に他ならない。
もしリーナがクオンの妻に選ばれれば王太子妃の養父、実家になることができる。
諸事情で側妃になったとしても、唯一の側妃であればレーベルオード伯爵家は強い存在感を示すことができる。
だが、別の者が王太子妃や側妃になれば事情が変わる。レーベルオードにとって都合の悪いことだった。
「王太子殿下、手紙を拝見することは可能でしょうか?」
側にいたヘンデルが丁寧な口調で尋ねた。王太子の側近として。
クオンは手紙を見せたくないと思ったが、見せるしかないこともわかっていた。
手紙を受け取ったヘンデルはさっと目を通した。
「まじか!」
「ミレニアスの出方を見て考える。この件は内密にせよ。厳命だ」
「御意」
三つの返答が重なるように部屋に響いた。
「ところで、この手紙についてだけど、パスカルにも教えるよね?」
ヘンデルはこの場にいないもう一人の側近の名前を告げた。
「教えないわけにはいかない」
「だよね。温度が下がりそう。パスカルは基本的に母親似だけど、怒り方は父親似だと思うなあ」
クオンは国王からの手紙をパスカルに見せた後、焼却処分することを決定した。
国王の手紙には、ミレニアスの譲歩を引き出すために、キフェラ王女を正妃候補に格上げしてもいいということが記されていた。
エルグラードとミレニアスは王同士で密約を交わしている。
キフェラ王女を正妃候補に格上げするというのは、密約の期限が迫ったことに対応して現況を動かす、つまりは王女との婚姻を準備しているという解釈にも取れる。
クオンは自分とキフェラ王女との婚姻を交渉のエサにすることを、黙って受け入れるつもりはなかった。





