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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第一章 召使編
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26 パスカルとの再会

 リーナは驚きのあまり目と口を見開いた。


 二度と会うことはないと思っていた相手に再会するとは思わなかった。


「久しぶりだね。僕のことを覚えているかな?」

「勿論です。ご無沙汰しております。パスカル様においてはご健勝のようでなによりでございます」

「礼儀正しいけど凄く硬いね。マニュアル通りに言ったって感じがする」


 その通りだった。


 マーサから見せられたマナー本にあった通りに言っただけだった。


「侍女ならともかく、召使いだと余計に違和感がある。身分や階級は大事だけど、今は普通に話してくれるかな?」

「はい」

「元気だった? 半年は会ってない気がする」

「はい。半年以上お会いしていません」

「それなりに購買部には来ていたけれど、会わなかったね。ここは売り場が広いから」

「私はお菓子を買いません。そのせいだと思います」


 以前会った際、パスカルは菓子を買いに来ると言っていた。


 リーナは菓子売り場に近寄らない。


「でも、今日は菓子売り場にいるね。食べたくなった?」


 食べたいかどうかといえば、食べたいに決まっている。


 しかし、今日来た理由は別にある。


 借金を気にしないようにするための一歩を踏み出すためだ。


「私……」


 リーナは言葉が続かなかった。


 パスカルに言えないと思った。


 借金が余りにも増えすぎたため、不安で怖くてたまらないこと。


 気にしないようにするにはどうすればいいのかを考え、購買部で好きな物を買うことにしたこと。


 その結果として、お菓子を一つ買おうと思っていたこと。


 恥ずかしかった。情けなかった。弱い自分が。


「今日はすでに買い物をしているみたいだね」


 パスカルはリーナの思い詰めたような表情を見て何かあると察し、話題を変えることにした。


「何を買ったのかな?」


 リーナはますます体を縮めるようにうつむいた。


 男性のパスカルに下着を買ったとは言えない。


「大きい袋だし、服かな?」

「成長して……服が必要になってしまいました」

「僕の成長は止まってしまったよ。もう少し身長があっても良かったけれどね」


 パスカルは優しく微笑んだ。


 リーナは黙っていた。


 身長と思われても別に構わない。わざわざ違うと訂正し、他の部分だと話す必要はないと思った。


「ところで、ダイエットをしている?」

「いいえ」


 リーナは首を横に振った。


「もしかして、凄く太ったと思われましたか?」

「そうじゃない。前より健康そうでいいと思う。ただ、女性は細い方がいいって思うみたいだから一応確認した。ダイエットをしてないならお菓子をあげるよ」


 パスカルはポケットからキャンディを沢山取り出した。


 十個はある。


「全部貰ってくれる?」

「よろしいのですか?」

「包装紙が違うだけで味が一種類しかない。そろそろ別の味にしたくてね。イチゴ味でもいいかな?」

「とても嬉しいです」

「僕も嬉しい」


 パスカルの微笑む姿を、リーナはじっと見つめた。


「時間がないからこれで失礼するよ。またね」

  

 パスカルはリーナにキャンディを渡すと、急ぎ足で行ってしまった。


 後宮の門は二十四時に閉鎖される。


 王族の通過時、特別な許可証の所持、緊急事態などでなければ一度閉まった門を開けることはできない。


 時間までに門を出ないと、外部の者は後宮の中から出られなくなってしまうのだ。


 リーナは部屋に戻ることにした。


 リーナは二人部屋に移ったのだが、同室の者はいない。一人で使っている。


 ベッドの上に袋を置くと、まずは下着を取り換えることにした。


 古い下着は木箱の下の方にまとめ、上の方に新しい下着を入れる。


 袋も何かの際に使えるかもしれないため、綺麗にたたんでしまった。


 片付けが終わると、リーナはパスカルから貰ったキャンディを一つ食べた。


 甘い……。


 イチゴ味だった。とても美味しい。


 リーナの瞳に涙が溢れこぼれ落ちていく。


 パスカルに会えたのは偶然だが、とても大きな偶然だった。


 リーナは借金に負けそうだった。


 召使の制服代がかなりかかった。時計の出費も痛い。部屋代も増えてしまった。


 ずっと借金が増えないように努力してきたというのに、なんだかんだと借金が増えていく。


 後宮では何もかもが有料であるがために。


 ペン一つでさえ、仕事に使うというのに自分で用意しなければならない。


 もういい。借金があっても。倹約するだけ無駄だ。そう思った。


 自分の好きなものを買うことで、苦しい気持ちを誤魔化そうとした。


 リーナはパスカルに感謝した。


 パスカルに貰ったキャンディを食べてわかったのだ。


 お菓子は美味しい。贅沢な気分になる。嬉しい気分になる。


 でも、それだけだ。問題はなくならない。借金は減らない。

 

 美味しいお菓子を味わうために買い物をすれば、逆に借金が増える。


 一生気にしないようにすることなどできない。


 誤魔化すほど、より苦しくなるだけだ。


 リーナは残ったキャンディを木箱にしまった。


 どうしても気持ちが辛くなった時のために残しておこうと思った。


 もう一度頑張りたい……。


 いつか借金を返して、自分のお金で美味しいお菓子を買いたい。


 リーナは心の底からそう思った。


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