255 びゅうびゅう
久しぶりの乗馬、しかもリーナと一緒ということで、クオンの気分は高揚していた。
普通程度に走らせてみるが、先行した三人との差が縮まらない。
追いつけない。そんなはずはないのだが?
王太子用の馬は特別な調教を受けた選りすぐりの軍馬で、二人乗りであってもいかんなく実力を発揮できる。
一気に速度を上げて走らせれば、弟たちに追いつけるだろうとクオンは思った。
「リーナ、怖くないか?」
「はい」
リーナはクオンとの乗馬を楽しんでいた。
「風が気持ちいいです」
「そうだな」
リーナの様子に問題はなく、むしろ速度を楽しんでいるとクオンは感じた。
「先に行った者に追いつくため、より速度を上げてもいいか?」
「大丈夫です」
「しっかりと鞍に掴まれ。だが、手を離したとしても馬から落ちることは絶対にない。私がいる。安心していい」
「はい」
クオンは更に馬の速度を上げた。
リーナはクオンに言われたようにしっかりと鞍の部分に掴まっていた。
ちょっと怖い気もするけれど、クオン様がいるし。
最初もそうだった。
久しぶりの乗馬、段々と速度が上がっていくのが怖かったが、しばらくすると一定の速度に固定される。
それがずっと続くことで慣れが生じ、怖さが軽減した。
まだ大丈夫。たぶん。
リーナは鞍に掴まるだけでなく、体全体の姿勢を前に倒して低くした。
幼少の頃、馬が勝手に走り出したり暴れだしたりした時には慌てない。馬から落ちないように姿勢を低く保ち、ひたすら鞍にしがみつけば大丈夫だと教わったことを思い出した。
クオンはリーナが姿勢を低くしたことを見て、基本がわかっているようだと判断した。
「行くぞ!」
クオンは一気に馬の速度を上げた。
は、速い……!
リーナはびゅうびゅうと風をきる音が一層強まるのを感じながら、鞍を握る手に力を込めた。
乗馬が好きなレイフィールはかなりの速度を出し、絶好の乗馬日和を楽しんでいた。
気持ちがスッキリしたところで、速度を落とし始める。
前にも後ろにも誰も見えない。
「速度を出し過ぎたか」
より乗馬を楽しむため、また、長兄の乗馬デートを邪魔しないように少し距離を取ろうと考えたレイフィールだったが、思った以上に差がついたようだった。
愛馬の脚力に満足しつつも、先行する騎士団の一隊に追いついたところまでにすべきだったかもしれないとレイフィールは反省した。
「このまま少し待つか、それとも戻るか」
馬を歩かせながらレイフィールが考えていると、馬を走らせる音が聞こえて来た。
遠くに見えるのは白い馬と灰色の馬。
エゼルバードとロジャーだろうとレイフィールは推測した。
「エゼルバードたちと勝負をしてもよかったかもしれないな」
騎馬の姿は近くなっても速度を緩める様子がなく、レイフィールを完全に無視して追い抜かしていった。
気持ちよく早駆けを楽しんでいるだけに、追いついたという理由で速度を落とす気はないということ。
「エゼルバードらしい」
レイフィールはあっという間に自分を追い越していったエゼルバードたちを見送った。
「エゼルバードたちのあとを追うか、兄上の様子を見に戻るか」
ローレンがいないため、参考意見を聞く相手がいない。
レイフィールが悩んでいると、またしても馬が走る音が聞こえた。
後方から猛スピードで疾走してくるのはこげ茶色の馬。
女性のスカートが見える。
当てはまるの対象者は一人しかいなかった。
「さすが兄上……全くわかっていない!」
乗馬デートでは速度を出し過ぎない。
女性の反応に合わせるのが基本中の基本。常識中の常識。
女性に嫌われたくないのであれば。
リーナを乗せた状態であれだけのスピードを出すのは不味いだろうと考えている間に、レイフィールはクオン、パスカル、ヘンデルに抜かされた。
レイフィールではなく、最も先行する者に合流するという判断のようだった。
「乗馬が嫌いにならなければいいが……」
レイフィールはリーナのことが心配になった。
速い馬に乗ったせいでトラウマができ、乗馬を嫌がるようになる女性は多くいる。
「まあ、失敗も経験にはなる。だが、フォローが必要だ」
レイフィールは深いため息をつくと、長兄たちのあとを追うことにした。





