254 だからこそ!
「リーナ?」
様子がおかしいとクオンが思った時だった。
「兄上、もしかすると衣装のことではありませんか?」
エゼルバードが声をかけた。
「女性のスカートは乗馬に向いているとは言えないので、ちょっとした工夫をします。ですが、マナーとしてそのことを口にしてはいけません。リーナはそれを思い出したのでは?」
リーナは驚いた。
「どうしておわかりになられたのでしょうか?」
「乗馬の時に女性が気にすることは、大抵そういったことです」
「エゼルバード様はすごいです!」
エゼルバードの気分は一気に良くなった。
「クオン様、申し訳ありません。私は話すのが苦手です。うまくお話することができなくて……」
「気にしなくていい。私も同じだ。気の利いた会話をするのは難しい」
だからこそ、私が必要なのです!
だからこそ、私がついている!
だからこそ、俺がいないとだよな!
エゼルバード、レイフィール、ヘンデルはそれぞれ心の中で思った。
「こうして一緒に馬に乗っているだけで嬉しい」
「そう言っていただけて安心しました。私も同じです」
「よかった」
一件落着。
とてもいい雰囲気になったと周囲は思ったが、このままではいずれまた会話でつまずくのは目に見えていた。
「兄上、ちょっといいか?」
レイフィールが声をかけた。
「ゆっくりと乗馬を楽しむのもいいが、少しだけ走らせてみるのはどうだ?」
「このままでは馬車から景色を見るのと大差ありません。あえて会話を控え、速度を楽しむのもいいのではないかと」
クオンは二人の意図を理解した。
乗馬デートの基本はゆっくりと馬を歩かせながら会話を楽しみ、二人の距離を近づける。
しかし、会話がうまくいかない場合は乗馬自体を楽しむ方へ移行する。
走らせている間は安全に気を使うため、会話を重視しなくてもいい。
速度や流れる景色を堪能することで楽しい気分を盛り上げ、デートを成功させる。
「リーナ、少しだけ馬を走らせてもいいか?」
「大丈夫です。クオン様のお好きなようになさってください」
「わかった。何かあったら遠慮なく言ってほしい」
「はい!」
クオンは馬の速度を徐々に早めた。
周囲もそれに合わせて軽く走らせる。
やがて、
「先に行く!」
より速度を出したくなったレイフィールは宣言すると、一気に速度を上げた。
エゼルバード、ロジャーも続く。
自分を追い越した三人の姿がみるみる小さくなっていくのを見て、クオンも速度を出したくなった。
「もう少し走らせる。しっかり掴まっていろ」
「はい」
クオンは先行する弟たちを追うように速度を上げた。





