253 乗馬デート
天気は快晴。
絶好の遠乗り日和だった。
午前中に乗馬をするかどうかを決めることになり、眠そうなリーナの様子を見たクオンは馬車で移動することに決めた。
「クオン様は乗馬をしたいのでは?」
「リーナはかなりの早起きだったはずだ。眠いだろう?」
「私はここで休んでいますので、クオン様だけ乗馬を楽しまれてはいかがですか?」
リーナの優しさをクオンは感じた。
正直に言えば、乗馬を楽しみたい。
しかし、リーナと一緒にいたい気持ちの方が強かった。
「リーナが休むのであれば、私も休む」
クオンはリーナを優しく引き寄せた。
「寄りかかるか?」
「はい」
リーナがクオンに寄りかかった。
嬉しい気持ちになるのは二人共に同じ。
クオンの側にいられること、その存在を感じられるのは、リーナに取ってとても安心できることだった。
クオンもリーナが自分に甘えるように寄り添ってくれるのが嬉しかった。
リーナが側にいることや恋人としての立場を受け入れてくれていると感じた。
二人だけで過ごす馬車の時間は、睡眠時間になった。
やがて、馬車は途中で停車した。
馬を休めるための小休憩を取るためだった。
「どう?」
飲み物を届けるという名目で様子を確認しに来たヘンデルが小声で声をかけた。
「見たままだ」
ドアが開いた途端、リーナは飛び起きてクオンから離れた。
背筋を伸ばし、いかにもきちんと座っていたように見せる様子が、ヘンデルにとっては初々しくて笑ってしまった。
「会話は弾んだ?」
「寝ていた」
王太子はとても礼儀正しい。
寝るという言葉は極めて適切で、それ以下でもそれ以上でもないことをヘンデルはわかっていた。
「このあとも睡眠補給? 夢の中で会うのはデートじゃない。ただの妄想だよ」
「妄想はしていない」
「今日は最高の乗馬日和だ。この機会を逃したらもったいない。乗馬デートしてみたら?」
「リーナはどう思う?」
「乗馬デートですか?」
「無理にとは言わない。馬が怖いか?」
「いいえ。ポニーなら幼い頃に乗ったことがあります」
「私と一緒に乗れば馬を操る必要はない。少しだけ試してみないか? 外の景色と風を楽しめる。馬車に戻りたくなったらそう言えばいい」
「わかりました!」
リーナの了承が出たことで、乗馬デートが実行されることになった。
レイフィールは王太子が乗馬をすると聞き、自分も乗馬をすると言い出した。
ローレンは気乗りしなかった。
乗馬をするよりも軍医として最新の医療技術や薬学の専門書を読む時間がほしい。
そこで自分が馬車に残るための提案をすることにした。
「レーベルオード子爵に提案があるのですが」
「何でしょうか?」
「第四王子殿下は馬車で休まれているか読書をしているかです。レーベルオード子爵もこの機会に乗馬を楽しまれてはいかがですか? レイフィール王子殿下の用事を聞いていただけるのであれば、私がセイフリード王子殿下の王子を聞きます」
「私はセイフリード王子殿下の側近です。乗馬を楽しむことよりも、お側にいることの方がはるかに重要です」
「そうですか」
「パスカルも乗馬に行け」
二人の会話を聞いていたセイフリードが命じるように言った。
「楽しむためではない。エゼルバードとレイフィールが余計なことをしないように牽制するためだ。兄上の邪魔をさせるな」
「ですが」
「僕は寝ているか読書をしているかだ。メイベルを同じ馬車に乗せろ。何かあればメイベルに用事を言いつける。ローレンは読書三昧で役に立たない」
「さすがセイフリード王子殿下です。お見通しでしたか」
「メイベルは王太子付きですので許可をもらう必要があります」
「もらって来い」
パスカルが王太子の許可をもらったことで、メイベルは馬車を移ることになった。
クオンとリーナが乗馬デートをするのに合わせ、エゼルバードとレイフィールが少し遅れて同行することになった。
「何かあれば遠慮なく言ってほしい」
前方部分に乗ったリーナは少しだけ振り返るとクオンに笑顔を見せた。
「わかりました!」
「乗り心地はどうだ? 馬車とは違う座り方だけに、長時間は辛いかもしれない」
「大丈夫です。スカート」
リーナは言葉を止めた。
スカートの下にこっそりズボンを履いているので大丈夫と言うのはダメでした……。
リーナは失言する前に気づけてよかったと思う半分、このあとにどう言えばいいかわからなくなった。
どうしよう……貴族の女性がズボンを履くのはありえないから秘密にしないといけなかったのに!
早速、リーナは困ってしまった。
 





