251 早退
夕食後、部屋に戻ったリーナが真っ先にしたことは入浴の準備をすることだった。
高貴な身分の者が宿泊できる施設だけあって、リーナの部屋には小さな浴室がついていた。
「リーナ様、メイベルです。サイラスもいます」
リーナはすぐに部屋の鍵を開けると、メイベルを中に招き入れた。
「夕食後、すぐにお部屋に戻られていると聞きました。食べ過ぎたとか? 体調が悪いようでしたら医師も呼べます。薬もありますが、必要でしょうか?」
メイベルの言葉に、リーナは首を横に振った。
「大丈夫です。これから入浴しますので、手伝ってもらえないでしょうか?」
「かしこまりました。サイラス殿、ありがとうございました」
「何かあればいつでもお呼びください」
リーナの護衛であるサイラスは一礼すると部屋を退出した。
「それで、何があったの?」
メイベルはがらりと口調を変えた。
「王太子殿下のお部屋に行くのを断ったそうね?」
リーナが夕食後にすぐ部屋に戻りたがったことをメイベルは知らされ、リーナが体調不良などを隠していないかを探るよう言われていた。
「ドレスが不評だったのです」
メイベルにとっては予想外の言葉だった。
「え? ドレス?」
「このドレスは流行にはあっているものの、クオン様の好みではないそうです。エゼルバード様も良い評価をしていなくて……恥ずかしくて、早く部屋に戻って着替えようと思いました」
メイベルはリーナをじっくりと見た。
ピンクのドレス。流行のデザインで、フリルがかなりついている。
フリル好きにはたまらないが、そうではないものにとっては多い方。
若者用のデザイン。リーナの年齢なら普通に着用するかもしれないが、童顔系の容姿と相まって幼く感じやすくはなる。
王太子や第二王子はリーナよりも年上。リーナの年齢相応あるいはもっと大人らしい装いを好ましく感じ、正直に伝えたのだろうとメイベルは推測した。
女性は衣装をけなされるとショックなのに!
衣装にうるさい第二王子は仕方がない。しかし、王太子は正直に言うよりも、お世辞をいってほしかったとメイベルは思った。
リーナは衣装選びが苦手なのよね……。
過去の話を聞くと、両親や召使いが選んだものを着るか、孤児院でサイズが合うものを着るか、後宮の制服を着るかだった。
つまり、自分で好きな服や似合う服を選んで着るような環境ではなく、そのような機会もなかった。
そのせいで服の選ぶ技能、センスが磨かれていない。
「私は悪くないと思うわよ? でも、これではダメだと言われたの?」
「他の色の方が似合うと言われました」
「誰に?」
「クオン様です」
「何色がいいと言われなかった?」
「緑や黄緑がいいかもしれないと言われました」
絶対に自分の色だからだわ!
メイベルは確信した。
「エゼルバード様も白や水色、黄色がいいかもしれないと言っていました」
やっぱり自分の色を勧めているだけじゃないの!
だが、リーナがピンクのドレスを着ると幼く見えやすいということはメイベルも理解していた。
「インヴァネス大公妃から贈られたドレスの多くはピンクだったわよね?」
「そうですね。好きな色だからだと思います」
自分の好きな色のドレスを選ぶ。娘は可愛い。ピンクもフリルも似合う。
それが母親の心情だろうとメイベルは思った。
しかし、母親の好みが娘にあっているとは限らない。
最大の問題点は、娘の恋人やその兄弟に不評ということだった。
「招待されたのであれば、招待の場や招待者の嗜好に合わせた装いをすべきだと、セイフリード王子殿下にも言われました」
メイベルは心の中で舌打ちした。
セイフリードは正論を言うが、口調が厳しいせいで嫌味のように聞こえてしまう。
リーナは何事も勉強だと思っていたが、今回は王太子及び王子たちの評価が良くない方で一致してしまったせいで猛反省になった。
王族にもっと優しく評価するよう言う訳にもいかないしね……。
王族の恋人になる大変さをメイベルは思わぬ部分で実感した。





