246 自分で選んだ生き方
「エルグラードでお話した時は違いました。でも、今はクオン様の恋人です」
リーナはクオンに告白された時のことを思い出した。
「今はレーベルオード伯爵令嬢ですけれど、元平民の孤児でした。私がインヴァネス大公夫妻の娘でなくても構わない。恋人になってほしいと言われ嬉しかったです」
リーナは過去に多くの不安を抱えていた。
自分が何者なのか、なぜ突然孤児になったのか、両親は本当に死んでしまったのかが気になっていた。
何もわからない。でも、いつか知りたい。はっきりさせたいと思っていた。
その願いが叶い、両親と再会することができた。
多くの年月が過ぎ去ってしまっているために、これほどの幸運を信じていいのかという不安はある。
だからこそミレニアスに来た。はっきりとさせたかった。
素性調査を進めるうちに、自分はリリーナだと思うのに、調査員からは否定するような言動があった。
両親だと思うインヴァネス大公夫妻は受け入れようとしてくれているが、そうではない者もいる。
孤児として育ったことが大きな影を落とす。
それはどうしようもないことだけに、リーナも仕方がないことだとわかっている。
どのような結果になったとしても、過去についてけじめをつけるきっかけになると考えていたことをリーナは話した。
「クオン様は本当に素晴らしい方です。多くの人々は王太子としてのクオン様を讃えると思いますが、私は一人の男性としてもまた最高に素晴らしい方だと思っています」
リーナは元平民の孤児だった。
ほとんどの人々は孤児だと知ると態度を変える。当然とばかりに軽視する。
酷い悪口や扱いをする者もいて、それが普通だとリーナは思っていた。
ところが、クオンは違った。
身分も階級も天と地ほどの差がある。
だというのに、クオンはリーナを一人の人間として尊重し、軽視するようなことはしなかった。
平凡で何もできないと思っていたリーナに、もっと自信を持てと励ましてくれた。
少しずつ努力していけばいいのだと言ってくれた。
クオンの言葉に何度も励まされ、支えられてきた。
誰よりも尊敬でき、心から信頼する男性であることをリーナは伝えた。
「私はクオン様が好きです。非公式でも恋人になることができて幸せです。だから、心配しないでください」
リーナは何もわかっていないとインヴァネス大公妃は思った。
王族の寵愛を得られることは名誉ではある。だが、公式と非公式では全然違う。
それこそ天と地との差が。
インヴァネス大公妃自身、正式な妻の身分を与えられるまでに多くの年月と苦労、悲しみを経験してきた。
「王族に寵愛される女性には途方もないほどの困難がつきまといます。上級貴族の出自だった私でも、跡継ぎの男子フェリックスが生まれるまでは正式な立場になれませんでした。王族に見初められても、一時的な立場で終わってしまう女性が多くいるのが現実です。非公式の立場は将来を約束してくれません。幸せになれるわけではないのです。そのことをわかっているのですか?」
「わかっています。それでも私はクオン様の側にいたいのです」
それがリーナの本心。
「非公式の関係を不安定なものだと思うのは普通です。でも、本人同士の意志によって成立している関係ですよね? クオン様は私を恋人にしたいと思い、私もクオン様の恋人になりたいと思いました。お互いの気持ちを認め合い、大切にしている関係でもあるのです」
リーナはにっこりと微笑んだ。
「私には不足な部分が多くあります。身分や出自ではなく、私自身の能力や内面です。ですので、もっと勉強して磨きます。自分が望む未来のために努力していくことは、とても大きな意味があります。夢が叶うかどうかは関係ありません。私自身が希望の光を守り、輝かせていくことが大事なのです。それが私の考えであり、自分で選んだ生き方です」
「リーナ……」
「心配してくれてありがとうございます。でも、私は成人しています。つらいことがあっても、自分の力で人生を切り開きます。幸せになれるように頑張りますから!」
リーナの言葉には迷いが一切感じられない。
そのことにインヴァネス大公妃は驚くしかなかった。
娘は何も不自由がない生活から、何もかもない生活になった。
平民の孤児として育ち、想像できないほどの苦労をしてきたはずだった。
これからは自分が守る。一生。不自由はさせない。幸せにすると思っていた。
だというのに、娘の望みは両親に与えられた人生を歩くことではない。
自らの力で人生を切り開き、幸せになるために努力することだった。
非情な運命によって離れ離れになった時のままではない。
子どもから大人になり、強くたくましく成長した。
多くの苦難をリーナ自身の力で懸命に乗り越えてきた証だった。
「私は生まれ育ったエルグラードを離れてミレニアスに来ました。その時に決意したのです。両親や周囲の言いなりになっていた自分を捨て、新しい人生を歩こうと。だからこそ、リーナが自分で選んだ人生を、私が否定したくありません。自分の人生を自分で決めるのは当然の権利なのです。私にできることは、貴方の意志を尊重して応援することです」
インヴァネス大公妃はリーナの手を取って握りしめた。
「レーベルオード伯爵家はとても強い力を持っています。ですが、王家とは絶対的な差があります。もし苦しい立場になった時は私の元に来なさい。必ず貴方を守ります。夫も同じように思います。フェリックスも。そのことを決して忘れないように」
「ありがとうございます。でも、本当に大丈夫です。私はクオン様の側にいることができて幸せなのです。インヴァネス大公夫妻と会えたことも幸せです。私の心の中にあった暗闇が晴れ、希望の光が溢れています。輝かしい未来を信じることもできます!」
「……なんて眩しいのかしら」
インヴァネス大公妃はリーナを抱きしめた。
「貴方はもう大人だわ。そして、私よりもずっと強い女性です。立派に成長してくれて嬉しいけれど、寂しい気持ちもあります。ずっと側にいてほしかったのに……」
「ごめんなさい」
「謝罪する必要はないわ。それよりも私を抱きしめてくれないかしら?」
「はい」
リーナはインヴァネス大公妃を抱きしめ返した。
母親として。
とてもいい香りがする。でも、昔とは違う。とても大きな大人の女性だった母親が、自分と同じ大きさになった。
リーナは自分が大人になったことを強く実感した。
「大丈夫です。私を支え、正しく導いてくれる方がたくさんいます。クオン様も、パスカル様も。なので、安心してください」
「……パスカルと離れてしまったのは悲しいことだけど、おかげであなたのことを頼めます。これもまた運命だったのかもしれません」
インヴァネス大公妃はほほ笑んだ。
「側にいることができなくても、貴方のことを心から愛しています。どうか忘れないで」
「はい。私も同じです」
リーナもまたにっこりと微笑んだ。
「インヴァネス大公妃、そろそろいいですか? 内密の話を長くすることはできません。互いの国の事情もありますからね」
エゼルバードは頃合いだと思った。
「そうですね」
インヴァネス大公妃はゆっくりとリーナから体を離した。
「パスカルは私に似ているけれど、リーナはフェイリアルに似ているわ。私を説得するよりも父親を説得する方が大変よ。貴方を溺愛しているの。昔も今もずっとね」
「そんな気がします。協力してくれないでしょうか。お母様?」
「もちろんよ。貴方は私の希望であり幸せでありかけがえのない光だもの!」
インヴァネス大公妃は母親としての愛情に溢れた笑顔を浮かべた。





