240 起きたくない王子
広いベッドの中でまどろみながら、エゼルバードは考えていた。
眠い。起きたくない。しかし、起きる時間は過ぎている。外出予定がある。リーナと。
そう考えても、エゼルバードは起きる気になれなかった。
レールスに到着するまでの数日、リーナと朝の謁見を行い、朝食時にお茶を淹れさせるために早起きしていた頃の自分が懐かしかった。
今は同じようになれない。リーナはもう侍女ではない。兄の恋人になった以上、これまでとは違う扱いをしなければならない。
いつもであれば、長兄の命令に心が躍るというのに、そういう気分でもない。
リーナに会いたくないわけではないが、とにかく何かが嫌であり不満だった。
その結果、エゼルバードは起きることができなかった。
ドアが開く。
姿をあらわしたのはシャペル。
ロジャーは八時から行われる全体会議に出席するためにいなかった。
「エゼルバード、もう起きないと不味いよ。それとも外出は午後からにする?」
エゼルバードがなかなか起きないことをシャペルは知っている。
外出のために無理やり起こすつもりはなく、エゼルバードの気分に合わせればいいと思っていた。
「……ロジャーが何か言っていましたが、よく覚えていません。申し合わせ事項をもう一度言いなさい」
「全体会議が八時、ミレニアスに関する会議が九時。エゼルバードは出席しない。代わりにロジャーが出席するから、午前中はいない。レーベルオード伯爵令嬢は王太子の非公式な恋人になったことを受け、ふさわしい対応をすることになった。全体会議で正式な発表があるけど、臨時処置としてレーベルオード伯爵令嬢を王太子の側近扱いの侍女官にして護衛を増やすって。フレディとゼクスは王都に戻るからいない。ウィルが残るから、何かあれば言うようにって。今日の外出先に関してのリストがウィルから届いている。出かける前に目を通して、どの店に行くかを大体決めてほしい。気に入らないなら、王都に到着してから買い物をすればいいって」
「リストを」
毛布から手だけだし、シャペルから外出先のリストを受け取ったエゼルバードはがっかりした。
満足できる店だとは思えない。
そもそも、エゼルバードの感覚はミレニアスとは違う。
ミレニアスの最高級品であっても、エゼルバードにとっては最高級品ではない。
外出に見合う成果が得られない気がした。
「買い物に行きたくなるようなリストではありません」
「エゼルバードは外出しないで、ウィルと女性たちだけで買い物に行かせれば?」
「それではろくでもない品を買うことになります。兄上に任された以上、私が責任を持って対処しなければなりません」
「まあ、出かけるのはいいけど、ろくなものがないって後で不機嫌になりそうな予感がひしひしとする」
シャペルが本音を吐露すると、エゼルバードはもう一度リストに目を通した。
「仕方がありません。知らない店をいくつか見に行きます」
「輸入品の衣装なんかを扱っている店もあるらしいよ。買い付け先はレールスあたりだろうけど、そういった店に行けばエルグラード製品も手に入る」
「まずは情報収集をしなさい。ウィルに伝え、インヴァネス大公妃と話ができるように手配させなさい」
「インヴァネス大公妃と会うの?」
シャペルは驚いた。
「ミレニアスのことはミレニアスの者に聞けばいいだけです。女性用品に関しては、インヴァネス大公妃や大公妃付きの女官の方が詳しく知っています。リーナのためであれば、インヴァネス大公妃は喜んで情報を提供してくれるでしょう」
「そうかもしれないけど、レーベルオード伯爵令嬢のドレスに不都合があるってわかってしまうよね?」
「問題ありません。不都合なのは王太子の恋人になったからではなく、インヴァネス大公の娘だと判明したからです。王族の娘が貧相なドレスを着用するわけにはいきません。名門貴族の令嬢としての装いに加え、王族の娘としてふさわしい装いも考慮する必要があると言えばいいだけです」
「なるほど」
「私たちから直接言うのではなく、ウィルを通しておくことで、うるさく追及されにくくなります」
「わかった。ウィルに伝えて来る」
「私が起きるのに合わせ、朝食も用意させなさい」
「わかった。すぐに用意させるよ」
シャペルはエゼルバードが起きる気になったことにほっとして寝室を退出した。
ところが、エゼルバードはもう一度毛布を自分に掛け直した。
ロジャーであれば確認に時間がかかることを見越し、エゼルバードはまだ起きないと判断した。
つまり、朝食をすぐに用意させるのは間違い。
さらに言うのであれば、エゼルバードは起きてからの身支度が遅い。
エゼルバードが完全に起きてベッドを出てから朝食を用意させるというのが正しい判断だった。
シャペルはまだまだわかっていません……もっと経験が必要です。
そう思いながら、エゼルバードは目を閉じた。





