233 馬車の中
別邸の正面玄関には馬車が用意されていた。
「インヴァネス大公の騎士に、王太子殿下がウェイゼリック城へ戻ることを伝えておきました」
「何か言っていたか?」
「いいえ。何もありません」
クオンはリーナをエスコートして馬車に乗せた。
そのあとにパスカルが乗りこんでドアを閉めると、馬車が出発した。
「リーナ」
クオンは手をつなぐため、自分の隣に座らせたリーナに顔を向けた。
「私の予想では、今夜は自分の部屋で寝ることができないだろう」
なぜクオンがそう言ったのか、リーナは全く理解できなかった。
「夕食のあと、何時になるかわからないが迎えに行く。今夜は私の部屋で休め。寝間着で廊下をうろつくわけにはいかない。ガウンや外套なども羽織るといいだろう」
リーナは困惑した。
「クオン様、どうして私は自分の部屋で眠ることができないのでしょうか?」
「エゼルバードのせいだ」
「エゼルバード様の? どういうことでしょうか?」
「あとでわかる。パスカル」
「なんでしょうか?」
「私とインヴァネス大公の間に入って仲を取り持つ必要はない。リーナのことで意見が合わなくなるのはわかっている。無駄だ」
「仰せのままに」
リーナは自分が口を挟むべきではないと思ったが、口を挟まずにはいられなかった。
「クオン様、申し訳ありません。それはどういうことなのでしょうか?」
「これまではリーナがインヴァネス大公の娘かどうかを調べるということで意見が一致していた。調査の結果、インヴァネス大公の娘である確率が非常に高いことが判明した。状況証拠だけでいいなら本物だとなるだろう。だが、王族の身分を与えることは簡単ではない。ミレニアス王がどのような判断をするかはわからない」
ミレニアスは身分や階級をかなり重視する国だとわかっている。
しかし、調査員たちの言動は王族であるインヴァネス大公の意に添うようなものではない。
その理由は、調査員たちが最も気にしているのはミレニアス王だからで、ミレニアス王は調査やリーナを王族として認めることについては乗り気ではない可能性が高いことをクオンは話した。
「ミレニアス王がリーナをインヴァネス大公の娘だと認めない場合、インヴァネス大公とは意見が合わなくなる。ミレニアス王とインヴァネス大公が対立することになるだろう。それもわかるか?」
「わかります」
ミレニアス王がどのような判断をするのか、リーナも非常に気になっていた。
「私はエルグラードのためにミレニアスへ来た。王都チューリフで行き、ミレニアス王と話をする。リーナのことも話すだろう。状況によってはインヴァネス大公と意見が合わなくなる。政治が絡むだけに難しい。それでも私を信じ続けてほしい。できるな?」
「できます!」
リーナは力強く答えた。
「クオン様を信じています。大丈夫です!」
「それなら大丈夫だ。何が起きても、私と共に乗り越えていける」
クオンはリーナを抱きしめた。
「私の側にいろ。離れるな」
「はい」
クオンは嬉しそうに微笑んだあと、視線だけを変えた。
「お気になさらず」
パスカルは視線を下げて配慮していた。
間違いなく優秀な側近。しかし、リーナの兄でもある。
気にしないわけがない。
クオンは夜になるのを待つことにした。





