231 砂浜
リーナとクオンは一階の部屋から庭に出ると、湖へと向かった。
屋敷を出ると、夏の暑い日差しを避けるためのガゼボを備えた石畳みのテラスがあり、湖の景色を楽しめるようになっている。
テラスから湖に続く階段を降りれば、そこはもう湖のほとり。
水辺には簡素な船着き場と手漕ぎボートが三つ。水深は非常に浅かった。
「ここは水深が浅いので泳ぐことができますし、あそこにある手漕ぎボートに乗ることもできます。右に行くと木々の向こうに砂浜があります」
「リーナの靴では砂浜を歩きにくいだろう」
「大丈夫です。クオン様が見たいのであれば一緒に行きたいです。幼少の頃はそこで砂遊びもしました」
「リーナが子どもの時に見ていたものを見てみたい」
リーナとクオンは手をつなぎ、右の道を歩き出す。
道幅は狭い。
木々の間をしばらくいくと空間が開け、砂浜が広がっていた。
「白い砂浜か」
「木の枝や葉が多く散らばっているので、手入れをしていないようです。昔はそういったものが全然ありませんでした」
「別邸の方は茶会のために掃除したようだが、砂浜を手入れする時間はなかったのだろう」
「そうですね」
二人はゆっくりと砂浜を歩いた。
クオンはブーツだがリーナはヒールの靴。
ゆっくりとした足取りであっても、リーナの足元はぐらついた。
「大丈夫か?」
「申し訳ありません」
「抱えてやる。その方が早い」
クオンはそう言うと、リーナを横に抱き上げた。
「……重くありませんか?」
「問題ない。恋人を抱き上げ、重いなどと言うのは不適切だ。頼り甲斐がない男性だと思われてしまう」
「クオン様が重いとおっしゃられても、私にとっては頼り甲斐のある方です」
「ドレスが汚れてもいいか?」
クオンは歩きながらリーナに尋ねた。
「何をなさるのですか?」
「砂浜に座ってみたい」
「それなら大丈夫です」
クオンは木や葉などが落ちていないような場所に来ると、リーナを降ろした。
「少し待て」
クオンは肩章に取り付けたマントを外し、砂浜の上に敷いた。
「ないよりはましだろう。この上に座れ」
「……よろしいのですか?」
リーナは侍女として衣装について教わっている。
王族の衣装は見た目がシンプルでも最高級の素材が使われてるため、最高級品で高価。
傷つけたり汚したりしないよう慎重に丁寧に扱わなければならない。
だというのに、クオンがマントを敷物のかわりにするというのは、あまりにも意外なことだった。
「大切なマントが汚れてしまいます」
「気にするな。リーナの方が大切だ」
嬉しい……。
クオンの優しさを感じながら、リーナはマントの上に座った。
「幼い頃、ピクニックをしたことがあるか?」
「この砂浜で食事をしました。それもピクニックでしょうか?」
「自然のある場所に出かけて食事をしたのであればピクニックだ」
「でしたら経験があります。クオン様はピクニックに行かれたことはあるのですか?」
「ある。だが、遊んだり寛いだりするためではなく勉強のためだった。王子は将来に備え、さまざまな催しを主催する。最初は両親や目付け役が考えるが、自分でピクニックを主催することが課題になったことがある」
クオンは昔を思い出した。
「どのようなピクニックだったと思う?」
「普通のピクニックではないということですか?」
「そうだ。ピクニックだが、別の要素が含まれていた」
別の要素……。
リーナは考え込んだ。
「孤児院の見学ですか?」
「全然違う」
「平民街の視察とか?」
「真面目に考えるな。非常に不真面目な催しだった」
「クオン様が不真面目な催しをされたのですか?」
リーナは想像できないと思った。
クオンはとても優秀な王太子。勉強するために催しを主催するのであれば、非常に役立ちそうなこと、真面目な内容だと思った。
しかし、そうではない。
「側近たちは反対したが、これまでにないような変わった催しをしてみたいと思った」
「とても変わった催しで、非常に不真面目な催しなのですね?」
「そうなる。主催する経験が勉強だけに、催しの内容は何でも良かった。成功しても失敗しても経験になる」
「何らかの遊びを取り入れたということでしょうか?」
「遊びとも言えない」
難しいとリーナは感じた。
「優秀なクオン様が考える催しです。私には思いつきそうもありません」
「答えを見せてやろう」
「見せる?」
教えるではなくて?
リーナがそう思った瞬間、クオンはマントの上で寝ころんだ。





