230 不味いお茶
クオンが二階の部屋に戻ると、そこは温かく和やかな雰囲気に包まれていた。
エゼルバードが満面の笑みを浮かべ、インヴァネス大公妃も微笑んでいる。リーナもリラックスした表情をしていた。
エゼルバードの社交術を持ってすれば、このような状況になるだろうとクオンは思っていた。
「兄上、他の者は?」
「フレデリック王太子や調査員は、フェリックス大公子と共に急ぎ王都に戻り、重要な物的証拠の指輪があるかどうか確認することになった。インヴァネス大公は赤の応接間にいる。荒れ狂っているだろう。妻が様子を見に行くべきかもしれない」
インヴァネス大公妃の顔色が変わった。
「何があったのでしょうか? 調査員が無礼な態度を取ったとか?」
「否定はしないが、別の理由もある。私のせいだろう」
「クルヴェリオン王太子殿下の? どのような意味でしょうか?」
「夫に直接聞くといい」
インヴァネス大公妃は席を立ち上がった。
「夫が気になりますので失礼します。リリーナ、また後でね」
インヴァネス大公妃は急いで部屋から出て行った。
「クオン様……」
リーナはそれ以上言えなかった。
言葉にはできないと思ったからこそ、クオンが説明しなかったのをわかっていた。
だからこそ、聞けない。しかし、不安であることだけは伝えたかった。
クオンはリーナの側へ行くと、手を差し伸べた。
「湖を見にいこう。どこから外に出ればいいかわかるか?」
「一階の部屋から出ることができます」
「少し話がある」
「わかりました」
「リーナと二人だけで過ごしたい。他の者は同行するな。パスカルは離れてついて来い」
「御意」
クオンはリーナと共に部屋を出て行った。その後にパスカルが続く。
部屋に残ることになったエゼルバードは笑みを消すと、盛大なため息をついた。
「私の苦労が水の泡と化しました」
エゼルバードはインヴァネス大公妃やリーナの表情を見ながら、茶会がぎこちない雰囲気にならないよう気遣いつつ話題を振り、会話を促し、場を和ませた。
しかし、戻ってきたクオンの言葉で一気にその雰囲気が消え失せてしまった。
「所詮、表面的なものでしかない。愛想笑いではその程度だ」
セイフリードがお茶のカップに手を伸ばしながらそう言った。
「一時しのぎには十分です。問題は何があったのかということです。私たちは兄上に歩調を合わせなくてはなりません」
エゼルバードもお茶のカップに手を伸ばし、一口だけ飲むと、顔をしかめた。
「不味いですね。本当になっていません」
「冷めているからだ」
「どんなに美味しいお茶でも、気分的に美味しいと思えなければ不味いのです。ここではもう美味しいと思えるお茶が飲めそうにありません。茶会は終わりにしてもいいのでは?」
「そうかもしれない。主催者である大公も代理である大公妃もいない。このまま終わりになるのではないか?」
「馬車の支度をさせましょう。私にはすべきことがあります。リーナのドレスを検分しなければなりません。時間がかかるのは目に見えています。このままここで、意味のない時間を無駄に過ごすつもりはありません」
「わかった。馬車を用意させる」
ロジャーはそう言うと部屋を退出した。
「セイフリード、貴方もここに長居する気はないはずです。一緒でいいですね?」
「構わない」
セイフリードはお茶のカップをテーブルに置いた。
「不味い茶は飲みたくない」
「そうでしょうとも」
二人の王子の意見は一致した。





