229 困惑(二)
盛大なため息をついたのはフレデリックだった。
「調査員も父上と叔父上の狭間で苦労している。結局、父上次第だからだな。だが、指輪の件はできるだけ早く確認すべきだ。非常に重要かつ有力な証拠品になりえる。そこで俺とフェリックスと調査員たちだけで離宮に向かうのはどうだ?」
インヴァネス大公は眉をひそめた。
「エゼルバード王子を置いて先に戻るというのか?」
「友人は大切にすべきではあるが、叔父上の娘に関わる調査は王家にとって重要案件だ。一応ではあるが、これでも王太子だ。誠意を示したい」
インヴァネス大公はフレデリックを見つめた。
「わかった」
「では、俺と側近は茶会を退席して王都に向かう準備をする。調査員も同じだ。荷物をまとめろ。出発は今日中か? それとも明日の朝一か?」
「今日中だ。この件で伝令を出すのは認めない。フェリックスが直接王に伝える」
「わかった」
フレデリックは調査員達を見た。
「ということだ。これ以上、叔父上の怒りを買うのは得策ではない。有力な証言が多くあることからも、今回は本物の可能性が非常に高い。指輪が発見されれば、物的証拠も揃う。調査員もそのことをよくよく考えておけ!」
フレデリックはフェリックス、側近、調査員を連れて部屋を退出した。
部屋にはクオン、インヴァネス大公、パスカルが残った。
「尋ねたいことがある」
クオンが最初に話を切り出した。
「なんだ?」
「フレデリック王太子と仲がいいのか?」
クオンからの思わぬ質問に、インヴァネス大公は眉をひそめた。
「叔父だからな。フレディは遊んではいるように見えるが優秀だ。内心では高く評価している。エルグラードとの関係を重視し、友好を大事にしたい点においても一致している」
「では、指輪の件に関しては信用して任せることができると判断したのだな?」
「フレディなら問題ない。フェリックスも同行する。証拠品が離宮にあるのであれば、無理やり別の者に押収されることもない。絶対にそんなことにはさせない!」
インヴァネス大公は本物であることを裏付ける物的証拠が手に入る機会を絶対に逃してはならないと思っていた。
「状況証拠だけでは不安を感じる者もいるだろう。だが、物的証拠があれば安心できる。身分証の指輪は最も信用できる品だ。特注したものだけに、それと同じ指輪なら間違いないと判断されるだろう」
「そうか」
クオンは少し間を置いてから言った。
「もう一つある。話していないことだ。三人だけの状態だけに伝えるのは今しかないだろう」
「リリーナのことか?」
インヴァネス大公の視線が鋭くなった。
「リーナは私の恋人だ。帰国した後、正式にそのことを父に伝え、妻にしたいと願い出るつもりでいる」
インヴァネス大公は驚きのあまり、目を見開いた。
「なんだと! なぜ、そのことを言わなかった? 非常に重要なことではないか!」
「リーナを正妃にするため、私がインヴァネス大公の娘に仕立てようとしたという疑惑を持たれたくなかった。リーナは純粋に自分の出自を知りたいと思っているだけだ。私はその願いを叶えたいが、事実以外は認めない。どのような出自であってもリーナはリーナだ。そのままのリーナでいい。万が一、インヴァネス大公夫妻の娘だと認められなくても、私はリーナを守り、妻にする。そのことだけは伝えておきたかった」
インヴァネス大公の胸の中には驚きと怒りと葛藤が混じり合った。
「クルヴェリオン王太子殿下は本気です。私はずっとお側で見てきました。リーナはとても大事にされています」
パスカルが口添えした。
「リーナを王太子殿下の側に置くためには、素性のわからない平民のままでは問題になるだろうということで内密の調査をしていました。何もわからなかった場合に備え、レーベルオードが後ろ盾にもなりました。どうか冷静にご検討いただきたく思います」
インヴァネス大公は黙っていた。
そして、ようやく出たのは、一人になりたいという言葉だった。
クオンとパスカルが退出すると、インヴァネス大公は茶会のために運び込まれたテーブルの元に行ってなぎ倒した。
激しい音と共にテーブルの上の茶器や菓子などが落ち、床の上に散乱した。
「……恋人だと? ふざけるな! リリーナは私の娘だ! 私のものだ!」
インヴァネス大公は荒々しい口調で叫び、猛烈な怒りで体を震わせた。





