225 思い出しながら
三人で並んで歩くのは難しい。歩調が合わないと、うまく歩けなくなってしまう。
最初は問題なかったものの、段々とリーナは大変だと感じるようになった。
一番ゆっくり歩くのはインヴァネス大公妃。それにリーナが合わせ、更にインヴァネス大公が合わせる。
しかし、男性のインヴァネス大公は歩幅がある。
先行しがちになり、早い父親と遅い母親の間でリーナは斜めになっていた。
「ちょっと待ってください」
リーナは足を止めた。
「どうしたの?」
「歩きづらいのだろう。さすがに幼い頃とは違う。歩幅と速度をリリーナに合わせているか?」
「ごめんなさい。嬉しくて全然考えていなかったわ」
インヴァネス大公妃はずっと自分のペースで歩いていた。
「もう少し早く歩けばいいのかしら?」
「リリーナの速度にお前が合わせればいい」
「子どもに合わせるのとは違って難しそうね」
「女性同士の方が合わせやすい。私の方が大変だ」
「それもそうね」
「私はもう十分堪能しました。今度はお父様とお母様で手をつないでください」
「このままでいたいわ」
「私ももう少しこのままがいい」
リーナは後ろを振り向いた。
そこには、クオンとパスカルに手を繋がれたフェリックスがいた。
「フェリックス大公子にお願いがあるのですが」
「何ですか?」
「代わってください」
微妙な空気が流れた。
「お前は両親の元に行け」
すぐに手を離したのはクオンだった。
そして、すぐにリーナに手を差し出す。
「リーナは戻って来い」
「お父様、お母様、ありがとうございました。昔は三人だけでしたが今は弟もいます。順番にお願いします」
「さすがリリーナだ! 優しくて弟想いの姉だ」
「そうね。フェリックスの番だわ」
「フェリックス大公子、ぜひお願いします」
助けると思って。
フェリックスはそんな言葉が続くように感じた。
「……姉上の頼みを断るわけにはいきません」
パスカルと手を離したフェリックスは両親のところへ行くと手をつないだ。
フェリックスは十一歳。
親子三人が手をつないだ姿を見て、リーナは素敵だと感じた。
これこそ家族の姿だとも。
「私の幼い頃を思い出します。弟にも両親と手をつなぐことができる喜びを沢山味わってほしいです。こういったことは子供の時しかしません。素敵な思い出になります」
リーナの言葉を聞いたインヴァネス大公夫妻はフェリックスを見つめた。
二人の間に初めて生まれた子どもリリーナには多くの愛を与え、守りたいと思いながら一生懸命育てていた。
しかし、息子に対しては違った。
生まれた瞬間から正式な跡継ぎとして認められ、王族の身分と大公子の立場を与えられた。
リリーナとの差があまりにもあり過ぎると感じてしまい、素直に喜べなかった。
そして、跡継ぎにふさわしいと思われるよう厳しく育てることにした。
フェリックスの知能が非常に高いせいで、子どもだというのに子どもらしくないと感じてしまった。
そのせいで親子としてのつながりが希薄になっていたのではないかと、今更ながらに反省した。
「私は小さい頃にブランコをして貰いました。フェリックス大公子もして貰うといいです」
「いや、無理だ。私は問題ないがリリアーナの力では……」
「リリーナがとても小さな頃の話でしょう? フェリックスは成長してしまったから無理だわ」
インヴァネス大公妃は残念そうな表情をした。
「そうですね。成長してしまうと無理ですね。とても残念です」
リーナの言葉に、インヴァネス大公夫妻は益々反省した。
フェリックスが小さな子どもの時に体験できることを体験させてやれなかったと感じた。
「そうだわ! 私の代わりをパスカルが務めてくれればできると思うわ!」
「そうだな。パスカル、リリアーナと代わってくれないか?」
「ブランコというのは、手を上に持ち上げ、フェリックス大公子がぶら下がるような形にするということでしょうか?」
「そうだ」
「そうよ」
フェリックスはため息をついた。
「さすがに僕の年齢でそのようなことはしないと思います」
「かもしれない。だが、この先は余計に無理だ。今のうちにしておいたほうがいい」
「そうよ。一回ぐらいは経験しておいた方がいいわ」
乗り気ではないフェリックスの側にパスカルが移動した。
「私は両親によるブランコを経験したことがありません。もし経験できるのであれば、してみたかったと思います。フェリックス大公子、体験してどのように感じたのか教えてくれませんか?」
「……兄上の頼みは断れません」
フェリックスは父親と兄と手をつなぎ、ブランコを体験した。
「どうでしたか?」
「無理やり捕縛され、逃げられないように吊し上げられた気分でした」
「リリーナはとても喜んでくれたのに」
「やはり、息子は可愛げがない」
いかにも息子らしい感想だと思ったインヴァネス大公夫妻は微笑んでいた。
クオンがリーナの手をしっかり取ると、リーナは廊下の方に手を引いた。
「クオン様、こちらです」
クオンは尋ねた。
「インヴァネス大公夫妻はこの階段を登ろうとしていたはずだが?」
「この階段は一階と二階をつなぐ階段です。お母様の部屋に行けますが、私の部屋には行けません。奥の階段は一階と二階と三階をつないでいるので、私の部屋に行けます」
リーナは自分の部屋から出るとき、二階にも一階にも行ける階段を利用していた。
「記憶とあっているのか確かめたいので、奥の階段を使ってもいいでしょうか?」
「わかった。案内してもらおう」
「リリーナ、奥の階段を使うのはいいが、リリアーナの部屋に来てくれ。私たちはこちらから行って先に待っている」
「わかりました!」
リーナとクオンは奥の階段に向かった。
「この階段です」
階段を登ると二階の廊下に出たが、三階へ続く階段もある。
リーナが言うように、三階へ行くのに便利だった。
「お母様の部屋は少し戻る感じです」
リーナは二階の廊下を歩き出した。
「一階の廊下は長いのですが、二階の廊下は短くなっています。外から来る者が入りにくいように、部屋を通過して奥へ行くようになっているのです」
「防犯のためか?」
「そうです」
しかし、リーナは誘拐されてしまった。
屋敷の内部を知る者の犯行、内通者がいたのではないかとクオンは思った。
「ここがお母様の部屋です」
ドアを開けると小部屋には護衛騎士たちがいた。
それはつまりインヴァネス大公夫妻がいるということでもある。
「どうぞ」
護衛騎士がドアを開けると、インヴァネス大公夫妻がいた。
「どうだった? すぐにわかったか?」
「はい。奥の階段は毎日のように使っていたので覚えていました」
「良かった! リリーナであることを確実に証明する証拠が増えた!」
「リリーナ、この部屋を見てどう思うかしら? 思い出してくれると、それもまた証拠になると思うのよ」
リーナは部屋を見回した。
「ピンクのソファがありました。お母様はピンクが好きだったので、カーテンもピンクでした」
「そうね。ピンクは幸せの色だもの。ピンクに囲まれて過ごしたかったのよ」
インヴァネス大公妃は夫を見つめた。
「私の願いを叶えてくれたわ」
「リリアーナが幸せな気分になれる部屋にしたかった」
インヴァネス大公は愛する妻を優しい眼差しで見つめた。
「テーブルはどう? 天板がどうだったか覚えていないのよ。リリーナは覚えているかしら」
「テーブルクロスがありました。白です」
「ダイニングセットの方でしょう?」
「いいえ。ソファの前です。バラの模様が刺繍されたものです」
「そうだったかしら?」
「たぶん」
「テーブルの天板は大理石だった。ローズ色だ」
インヴァネス大公が言った。
「よく覚えているわね?」
「白い家具で天板がピンクの大理石のものを特注した」
「貴方に聞けばすぐにわかったのね。一人で悩んでしまったわ」
「何でも私に言ってほしいと言っている。一人で悩む必要はない」
「そうね」
「自分の部屋も見に行きたいのですが、いいでしょうか?」
リーナはこの機会に自分の部屋も見たいと感じた。
「構わない。特別な花を飾ってある。それが正解だという証拠になるだろう」
「クオン様、三階にある自分の部屋に行きたいのですがいいでしょうか?」
「もちろんだ。一緒に行く」
手をつないだリーナとクオンは三階へ向かった。





