222 別邸の茶会
馬車は森の中をただひたすら走っていく。
窓から見えるのは木々ばかりで湖は見えない。
森の中をひたすら進む移動用の道だった。
停まった馬車から降りたクオンは別邸を見て驚いた。
あまりにも古めかしい。
茶色いレンガの壁は一部の表面がひび割れ、崩れているところさえある。
手入れをしていないことが一目わかるように木々や草が自由に枝や葉を伸ばし、窓の上を蔦が覆っていた。
「本当にここなのか?」
狩猟用の別邸とはあまりにも違い過ぎる。
クオンには廃虚のようにも見えた。
「ここだ」
答えたのは先行する馬車に乗って移動したインヴァネス大公だった。
「ずっと手入れしていなかった。茶会のために安全確認と掃除はしたが、一部だけだ。立ち入りができない場所はロープで封鎖してある」
「茶会は中でするのか? それとも外か?」
「中だ。ここにいても仕方がない。入ろう」
インヴァネス大公たちのあとの続き、クオンたちも正面の玄関口から入る。
広いホールがあった。
左右から伸びる階段があり、中央にある踊り場で合流している。
そこからまた下に降りる階段が左右にある。
特殊な形状の階段であるのは一目瞭然だが、それを見たリーナは驚きに目を見張った。
「そんな……」
「どうした?」
クオンは緊張しながら尋ねた。
「いえ……何でもないです」
「何でもないわけがない。驚いていたではないか」
リーナは動揺しているのが明らかだった。
クオンはリーナを優しく抱き寄せた。
「私が共にいる。不安に思う必要はない。正直に言えばいいだけだろう?」
「クオン様、怖いです」
リーナはクオンにしがみつくように胸に顔を埋めた。
「怖い? なぜだ?」
「ここは私が覚えている景色にそっくりです。私が両親と暮らしていたお屋敷の玄関ホールに。でも、私は別人だと昨日判明したはずです」
リーナの言葉を聞いた全員が緊張した。
「どうしてそっくりな景色だと思った? 理由を教えてほしい」
「階段が同じです」
リーナが真っ先に挙げたのは階段のことだった。
「窓も同じです。玄関ホールが明るくなるようにたくさんの窓があるのですが、全部上の方なのです。下の方は防犯のためにありませんでした」
リーナが指摘したように、壁の下の方には窓がなく、上の方にばかり窓があった。
「自分の部屋がどのあたりにあったか覚えていないか? 方角だけでもいい」
インヴァネス大公がリーナに尋ねた。
「西側です。お母様の部屋が二階で、私の部屋は三階でした」
「伝えたいことがある」
インヴァネス大公は冷静になるよう自らに言い聞かせた。
「実を言うと、ここが私の娘が住んでいた屋敷だ」
「えっ!」
リーナは驚くしかない。
「昨日見た別邸ではなかったのですか?」
「そうだ。昨日はあえて全く違う別邸を見せた」
複数の別邸を回り、どの別邸が記憶に残っているのか、あるいは全く見覚えがないかを確認するはずだった。
最初は本物のリリーナであれば知らない別邸に連れていったため、リーナの答えは正解だった。
ところが、見覚えがないせいでリーナはショックを受け、自分は別人だと思ってしまった。
かなり取り乱していただけに次の別邸を見に行こうとは言えず、そのまま調査が中断されてしまったことをインヴァネス大公は伝えた。
「私はどうしても別邸を見せ、記憶と合致するのかどうかを確かめたかった。そこで茶会を開き、かつて娘が住んでいた屋敷を見て貰うことにした」
「では、ここが……本物であれば見覚えがあるはずの場所ですか?」
「そうだ。玄関ホールは記憶にある景色にそっくりなのだろう? それはつまり、私の娘かもしれないということだ!」
インヴァネス大公は込み上げる期待と不安で胸がはち切れそうだった。
「だが、玄関ホールだけでは判断しにくい。ここから自分の部屋まで行くルートを覚えていないだろうか?」
「ここから?」
リーナは考え込んだ。
「それは……自信がないです。ちょっと遠いですし」
「そうか。さすがに十年以上前だ。仕方がない」
インヴァネス大公はがっかりしたが、過ぎ去った年月を考えればそうだろうと思ってもいた。
「だが、赤の応接間であれば行けるのではないか?」
「赤の応接間ですか?」
リーナはキョトンとした。
「この屋敷に住んでいたリリーナであればわかるだろう。だが、エルグラード側の者には一切教えていない。茶会は赤の応接間で行われる。わかるのであれば案内してくれないか?」
「あくまでも私が記憶している場所としての赤の応接間でいいのでしょうか?」
「構わない。違う部屋であれば、私が赤の応接間まで案内する」
「わかりました。でも、すぐそこです。案内というほどの距離でもないというか」
リーナは赤の応接間の場所に向かって歩き出した。





