219 散策
船から降りた後は、ウェイゼリック城に戻る途中にある庭園を散策することで時間を調整することになった。
「こちらは南側の庭園に続く小道で木々に囲まれた散歩道になっています」
「ウェイゼリック城は森に囲まれています。狩猟場もあるので動物がいるはず。庭園に迷い込んできませんか?」
エゼルバードはエスコートするリーナの方に視線を向けた。
「偶然であっても、大切な者に何かあっては困りますね」
エゼルバードは心から敬愛する兄にリーナのことを任された。
湖遊びはそれほど気晴らしにはならなかったようだと感じ、庭園の散歩でリーナを喜ばせたいと思っていた。
「城外の警備にはかなりの人数を配置しています。狩猟用の森から庭園の方に動物が移動しないための柵もあります。かなり小さな小動物や鳥でなければ大丈夫だと思います」
「湖へ続く庭園は木々と芝生だけでした。花壇がありませんね?」
「ここは狩猟や湖遊びのために来る城です。年に数回しか利用されないので、特定の季節だけ楽しむような庭園はありません」
「見応えがある庭園はなさそうですね」
「ウェイゼリックは湖や森を楽しむための城ですので」
エゼルバードはリーナを見つめた。
「せっかくリーナを楽しませようと連れ出したというのに。これなら街歩きの方がましだったかもしれません」
「城の中であれば花を飾っています」
一行はウェイゼリック城に戻り、花が飾ってある特別な応接間に移動した。
「チューリップです!」
特別な応接間にはチューリップの花がたくさん飾られていた。
「リーナはチューリップが好きなのですか?」
「はい。思い出の花です」
エゼルバードはより興味をそそられた。
「どんな思い出があるのですか?」
「幼い頃、春になるとお屋敷中にチューリップが飾られました。部屋によって花の色や模様が違うので、それを見て回るのが楽しみでした」
「チューリップは春を代表する花です。ミレニアスの国花でもありますね」
「そうでしたか」
「ミレニアスのチューリップ栽培は有名で、大量に生産して輸出しています。国の特産品と言えるでしょう」
「チューリップの花は古来より富の象徴だった」
フレデリックも話しに加わった。
「王家や貴族の庭園にはチューリップが咲き乱れ、特別な品種のチューリップの球根は高値で取引された。海外にも輸出した結果、非常に人気を博し、大儲けしていた時代もあった。今はもう高値ではないが、重要な輸出品の一つだ。観賞用だけでなく食用のチューリップも人気がある」
「食用ではないチューリップには気をつけなければいけません。毒があります」
エゼルバードの言葉に、リーナは頷いた。
「それは知っています。子どもの頃にチューリップのサラダが出ました。その時に、普通のチューリップには毒があるので食べてはいけないと教えられました」
リーナは子ども時代の頃をまた思い出した。
「お母様が一番好きなのは赤いバラなのですが、お父様が愛を告白してくれた時は赤いチューリップだったと言っていました」
「ミレニアスでは愛を告白する時に赤いチューリップを贈る」
相手の好きな花でもいいが、赤いチューリップを贈るのが最も正式だと言われていた。
「リーナの父親がミレニアス人であれば、最も正式な方法で愛の告白をしたことになる」
「そうだったのですね」
「エルグラードの国花はバラです。愛を伝える花として最も選ばれますが、理由はひとそれぞれでしょう。愛を告白には赤いバラ、プロポーズには白いバラを贈る者もいます。さまざまな色によって花言葉が変わるからです」
「色……」
リーナは思い出した。
「そう言えば、私が七歳になった時にお父様からレインボーチューリップを贈られました」
「それは本当ですか?」
フェリックスが驚きながら尋ねた。
「本当です」
「具体的に説明してください。どのようなチューリップでしたか?」
「どのようなって……そのままです。虹色のチューリップです」
リーナが七歳になった時に開かれた誕生日会のテーマが虹だった。
レインボーチューリップはそのために用意された特別な花だった。
「虹色のチューリップがあるのですか?」
エゼルバードはレインボーチューリップを知らなかった。
「私もどうしてこんなチューリップがあるのか不思議でした。お父様にどこで手に入るのか聞くと、こっそり作り方を教えてくれました」
「どうやって作るのですか?」
「最初に白いチューリップを用意します。茎の先をいくつかに割き、それぞれの茎を違う色水につけて待ちます」
一日程度すると、花が色水を吸い上げる。それによって花びらの部分が別々の色になり、多色のチューリップになることをリーナは説明した。
「ぜひ作ってみたいです。フレディ」
フレデリックの予感が当たった。
用意しろと言われそうな気がひしひしとしていた。
「フェリックス、用意してくれ」
フェリックスも同じ。フレデリックから言われそうな気がしていた。
「……それは王太子としての命令ですか?」
「そうだ。仕方がないだろう?」
「そうですね。用意します」
「楽しみです」
嬉しそうに微笑むエゼルバードを見て、フレディはやれやれといった表情を浮かべた。
「作るのに時間がかかる。見ることができるのは明日になるぞ」
「構いません」
エゼルバードはリーナの方に視線を戻した。
「リーナのおかげで、とても珍しい花を見ることができそうです。楽しみですね」
「はい! 私も楽しみです!」
エゼルバードとリーナは微笑み合った。





