211 午後の調査(二)
ウェイゼリック城の周辺には狩猟用の広大な森が広がっている。
馬車が到着したのは狩猟用の別邸だった。
「外観に見覚えはありますか?」
フェリックスが尋ねるが、リーナは首を横に振った。
「正面玄関から外に出た記憶がありません。こちらの方からお屋敷を見たことがないので外観はわかりません。でも、色が違います。レンガ造りでもありません」
狩猟用の別邸は白い。
リーナが記憶しているのは茶色いレンガの屋敷だった。
「こちらは数年前に改築しているので、姉上がインヴァネスにいた頃と同じ外観ではありません。取りあえず、中に入って見ましょう」
「わかりました」
玄関ホールには狩猟用の別邸らしく、壁には鹿の角がびっしりと飾られていた。
「玄関ホールは覚えているということでした。どうですか?」
「全然違います」
リーナは記憶と照らし合わせながら答えた。
「壁にこのようなものは飾っていませんでした」
「どんな玄関ホールや階段でしたか?」
「えっと……長方形のホールです。二階の左右から降りる階段がありました」
「階段は一つではなく二つということですね?」
「半分ぐらい降りた先に踊り場があって合流します」
その踊り場からまた折り返すように一階へ降りる階段が左右に伸びていたことをリーナは説明した。
「では、玄関ホールに入って真っすぐ進んで昇り降りするような階段ではなかったわけですね?」
「そうです」
「別の出入口もあります。そちらの方も見てください」
リーナは別の出入り口のホールや階段を確認したが、記憶にあるものではなかった。
そして、最後になるホールに案内された。
「どうですか?」
ここが最後なのに違う……。
リーナはがっかりした。
住んでいた場所の記憶があるからこそ、違う場所だということがわかってしまう。
屋敷を見れば住んでいた場所も素性もわかる。両親が生きていたことも全部確認できて安心できると思っていたが、そうではなかった。
「見覚えはあるか?」
クオンに尋ねられたリーナはうつむいた。
「ここではありません」
リーナは静かに答えた。
「両親と暮らしていた家にずっと帰りたいと思っていました」
しかし、帰れなかった。孤児院で暮らすしかなかった。
「あのお屋敷を見れば、何もかも証明できるって思っていました。でも……」
リーナの瞳からはボロボロと涙が溢れ出していた。
「はっきりと覚えています。茶色いレンガのお屋敷を。だからこそ、違うことがわかります。ここは私が子どもの時に住んでいたお屋敷ではありません」
溢れ出した涙は止まらない。感情もまた同じく。
心の奥に閉じ込めた苦しみと悲しみがリーナの全身に広がっていった。
「……ごめんなさい。私はインヴァネス大公夫妻の娘ではないみたいです」
リーナは力が抜けてしまい、立っていられなくなった。
床に座り込んでしまいそうなのをすぐに支えたのはクオンだった。
「大丈夫だ。私がいる。リーナは一人ではない」
リーナはクオンの優しさを感じるが、次々と溢れ出る涙も悲しみも止まってはくれなかった。
「でも……私は自分が誰なのかわかりません。きっと一生、何もわからないままです。お父様とお母様もやっぱり死んでしまったのかもしれません。悲しいです。とても、とても悲しいです……」
強い悲しみに心をかき乱されるリーナを守るようにクオンはリーナを抱きしめた。
「生きることがつらい時もある。だが、素晴らしいと思える時もある。今は私がいることだけを感じていればいい。側にいるだろう?」
リーナはクオンの胸に寄りかかった。
温かい……。
抱きしめる力は強く、守ってくれていることを感じられた。
一人ではない。クオンがいる。
そう思えることが、リーナの心を確かに支えていた。





