209 休憩
午前中の調査が終わり、立会人と調査員は会議に入った。
リーナは会議に参加できないため、クオンは待機していたエゼルバードを呼び、リーナを預けることにした。
「調査はどうでしたか?」
エゼルバードはリーナを隣に座らせ、優しく尋ねた。
「質問書に答えられたか?」
向かい側のソファにいるフレデリックもリーナに尋ねる。
「最初に渡された質問書にはほとんど答えられませんでした。インヴァネス大公家が作成した質問書には答えられました」
「だったらいい。王の命令で作成された質問書は意味がない。リリーナのことを全く知らない者が作成しているからな」
フレデリックの言葉に、エゼルバードは眉をひそめた。
「それはおかしいのでは? 普通に考えれば、大公の娘のことを知る者が作成するとなりませんか?」
「仕方がない。リリーナのことを知る者はかなり少ない。正式な王族でもなく、領地で密かに育てられていたんだからな。知っている者の多くは死んだ。生き残っているのは、大公家の影響力を強く受ける者達ばかりだ。大公家に都合のいい問題ばかり作成することを懸念され、王命による質問書の作成には関与していない」
「あの……私を知っている者の多くは死んだというのは、なぜでしょうか? もしかして、強盗に襲われて死んでしまったのでしょうか?」
「強盗?」
フレデリックは眉をひそめた。
「お前は強盗に攫われたのか?」
「私は普段通りにベッドで眠っていたはずなのですが、目が覚めると知らない場所にいました。当時はなぜかわかりませんでしたが、今なら誘拐されてしまったのだと思います。屋敷に入って子どもを誘拐するのは強盗団ですよね?」
フレデリックは考え込んだ。
「フレディ、こちらの提出した書類を読んでいないのですか?」
「読んでいない。インヴァネス大公が止めている可能性がある。後で確認する」
「早ければ今日中に判断が出るようですね?」
「午後の調査の後、話し合われて結果が出る」
これまでに行われた調査では一日で結果が出ていたことをフレデリックは話した。
「リリーナの髪色と瞳の色は叔父上と同じだ。同じ色を持つ子どもを探した。一年か二年は見た目だけで判断できたが、年月が経つと難しい。質問書や記憶などの確認調査が行われた」
「それはわかります」
「偽物もいた。年齢が上がると見た目だけでは判別できないだけに、本物であるかのような証言をする者いた。そのせいで調査に対する否定的な意見が強まった」
エゼルバードは眉を上げた。
「では、今回の調査についても否定的なのでは?」
「期待するなと言っただろう? どんな調査結果でも、最終的には王次第だ」
「ミレニアス王は否定的なのですか?」
「俺が知るわけがない。飾りの王太子だからな」
フレデリックは自嘲気味に笑った。
「あれこれ言うのは立会人に任せておけばいい」
「フレディも立会人では?」
「インヴァネス大公領に来るためになっただけだ。ゼクスに任せた」
「ゼクスに務まるのですか?」
「フェリックスもいる。大人以上にうるさく抜け目ない」
「あれで十一歳ですからね。まさに人は見かけによりません」
「生意気なクソガキにしか見えない」
「貴方よりも賢いのでは?」
フレデリックはわざとらしく肩をすくませた。
「賢いだろうな。だが、頭が良ければいいとは限らない。弊害がある」
「どのような弊害ですか?」
「インヴァネス大公家の権力が強まることを警戒されている。すでにインヴァネス大公は跡継ぎ教育の一環として、重要な会議などにも同行させている」
「随分と早くから対応しているのですね。フレディとは大違いです」
「見た目はともかく、頭脳は大人だからな。早く使えるにこしたことはない。すでに婚約者候補も十人いる。その方がよっぽど早い気がする」
「十人!」
ずっと黙って話を聞いていたリーナは思わず叫んだ。
エゼルバードとフレデリックの視線がリーナに向けられる。
「すみません……驚いてしまいました」
「そうでしょうね。ミレニアスは見栄を張る国なのです」
王族や貴族は政略結婚が主流だけに、早くから婚姻相手を見積もる。
生まれた赤子の状態で婚約者候補になることも、許嫁になることも普通。
王族の場合は十人ほどの婚約者候補がいるのが常識で、年齢が上がるごとに精査され、入れ替えが行われることをエゼルバードが説明した。
「フレディにも婚約者候補が多くいます。今は何人ですか?」
「知らない。エルグラードに行っているうちに増減している」
本人は全く興味がないということが明らかな発言だった。
「ちなみにリリーナは俺の婚約者候補だった」
「フレディが?」
リーナの驚きの声よりも、エゼルバードの不機嫌そうな声の方が強く響いた。
「たぶんだが、王とインヴァネス大公の仲を取り持つ縁組として考えられたんじゃないか? あるいはリリーナの拍付けだな。王太子の婚約者候補になれば、将来的に表舞台に出られると考えたのかもしれない」
「フレディの妻になっても不幸になるだけです。遊び人ですからね」
「それでも、俺の妻になりたがる女性は多くいる」
「王族の妻という立場が欲しいだけの者達でしょう」
「男性として魅力的だからという理由ではないか?」
エゼルバードは鼻で笑った。
「相変わらずおかしなことをいいますね」
「おかしいか?」
「おかしいですね。その自信がどこから来るのか不思議です」
その時、ドアがノックされた。
「失礼いたします。昼食時間になりましたので、リーナを迎えに来ました」
「兄上と昼食を一緒に取るのですか?」
もしそうであれば、自分もそれに加わろうとエゼルバードは思いついた。
「昼食はセイフリード王子殿下と一緒に取る予定です。王太子殿下は側近との打ち合わせを兼ねた昼食になるとのことです」
瞬時にエゼルバードの表情が曇った。
「エゼルバード、俺と外で昼食を取らないか?」
「城外のことですか?」
「そうだ。気晴らしにどうだ?」
「そうですね。兄上の許可をもらいましょうか。リーナは下がりなさい」
「はい」
リーナはメイベルと共に下がり、セイフリードの元に向かった。





