208 調査(三)
「そのようなことは決してありません。ただ、調査の公平性と中立性を保つため、質問書は公開しないことになっているのです」
調査員はクオンの怒りを鎮めて理解を得ようとしたが、クオンは納得しなかった。
「リーナ、質問を読み上げろ」
「えっ?」
リーナはクオンの指示に驚いた。
「全部ですか?」
「全部だ」
「それはいけません。質問書は公開しないことになっています」
「公開するのではない。リーナはおかしいと思うことがあれば、質問していいことになっている。質問するために読み上げるだけだ」
「それは屁理屈です。読み上げれば、公開したことになってしまいます!」
「公平だという自信があるのであれば、公開すべきです。公開できないのは、意図的に調査対象者が答えられないような質問内容になっているからでは? 正誤性を低く誘導するためであれば許されません!」
フェリックスがクオンに加勢した。
「質問書を読み上げることは禁止されていない。公平で適切な調査が行われているのかを確認するためにも、質問書の内容を把握しておくべきだ」
王家の立会人であるゼクスも、読み上げることに反対しなかった。
立会人全員の意見を無視することはできないということになり、調査員たちは質問書の読み上げを禁止されていないということで認めた。
「では、質問するために読み上げます」
リーナは質問書にある質問を次々と読み上げた。
すると、かなりの割合でミレニアスの一般常識に関する質問が多かった。
学校で教えるような内容のように思えたが、リーナは学校に行っていない。
七歳の時まで家庭教師がついており、読み書き計算ばかりで、社会常識に関する教育はうけていなかった。
それを考えると、答えられそうもない質問ばかりだと立会人は判断した。
「この質問書は不適切だ! 答えられるはずのない質問があまりにも多い。そして、答えることができればインヴァネス大公夫妻の娘だと言えるような質問でもない!」
「その通りです。王族であることを知らされず、インヴァネス大公領で密かに育てられていた姉上にわかるわけがありません!」
厳しい口調で指摘するクオンとフェリックスに調査員たちは困惑の表情を浮かべた。
「ミレニアスは本気で調査する気があるのか?」
クオンは視線をフェリックスに向けた。
「インヴァネス大公家は真摯に調査したいと思っています。こちらで作成した質問書も用意しています。それは覚えていることを書き出し、当時を知っている両親が正誤性を判断するためのものです」
「その質問書も見たい」
「こちらで作成した質問書については、先に立会人と調査員で目を通すことにしましょう」
インヴァネス大公家が作成した質問書を立会人と調査員が順番に確認した結果、適切な質問書だと判断された。
リーナはインヴァネス大公家が作成した質問書に回答することになった。
「召使いの名前を覚えているのはいい。記憶による正誤判定につながりそうだ」
リーナはよく側にいた使用人の名前を覚えていた。
インヴァネス大公が当時雇っていた者の名前を調べれば、正誤性が確認できる。
有力な証拠になりそうだとクオンは思った。
「そうですね。確かその一覧表があったと思いますので持って来ます」
フェリックスが一旦席を外し、当時の使用人の一覧表を持って来た。
照らし合わせると、リーナが名前を知っている者が全員一覧表にあることがわかった。
「姉上の可能性が高まりました!」
フェリックスは喜んだすぐに調査員たちが否定的な意見を出した。
「ファーストネームだけですので、偶然同じだったのかもしれません」
「一般的な名前だからな」
「この一覧表を先に見て覚えておけばいいだけではないか?」
「調査が始まる前に時間があった。情報漏洩でないかが気になる」
「私は覚えていることを書いただけなのですが?」
リーナは正直に答えた。
「だから、いつ覚えたのかを証明できないということだ」
「十年前かもしれないし、昨日かもしれない」
「そんなことがあるわけがない! 一体誰が教えたというつもりだ!」
「そうです! この一覧表は極秘資料として保管されていました。事前に見ることはできません!」
クオンとフェリックスは激しく抗議した。
「偽証しているかどうかは、証言を信じるかどうかの話になる。信じなければ、いくらでも抜け道があると難癖をつけることができるではないか!」
「全く持ってその通りです! 何のために調査をしていると思っているのですか!」
「調査員が厳しく判定したいのはわかるが、疑い過ぎだ。これでは調査の正当性が疑われてしまう」
ゼクスも調査員たちの意見は中立性を欠き、一方的な決めつけになってしまう可能性があることを指摘した。
まさかこのような調査だとは……。
不適切な内容の質問書、堂々と偽証を疑う調査員。
リーナがインヴァネス大公夫妻の娘であることを確かめる調査ではなく、インヴァネス大公夫妻の娘ではないことを確認するための調査のようだとクオンは感じた。





