205 二人の王太子(二)
「まあ、明日になれば大公の娘かどうかが判明するはずだ。ここだけの話だが、期待しない方がいいかもしれない」
王族の血を引く者が行方不明のままでは将来的に問題が起きる可能性があるということで死亡扱いにした経緯がある。
それを覆すだけの確かな証拠が必要になることをフレデリックは伝えた。
「王族の身分がかかっている。本人の証言や状況証拠だけで認めるには、あまりにも高すぎる身分だ。死亡扱いにした王命を撤回しなければならないことへの拒否感もある。詳しくは会議に出席していないからわからない」
「なぜ、出席しなかったのですか?」
エゼルバードが冷たい口調で尋ねた。
「呼ばれなかっただけだ。俺の立場を知っているだろう?」
ミレニアス王は子ども中で唯一の男子であるフレデリックを重要視しているが、自分との権力争いが起きないよう政治的権限も執務も与えていない。
そのせいでフレデリックはお飾りの王太子になってしまっていた。
「いつになったら飾りでなくなるのか知りたいですね」
「王が死ぬまで無理かもしれない。それこそ期待していない」
「可能性はありますね」
「縁談の方だが、叔父上の娘をクルヴェリオン王太子の正妃にすることに反対する声が強い。キフェラを正妃、インヴァネス大公の娘を側妃にする案も出たようだ」
「なんだと?」
クオンの表情が一気に険しくなった。
「その情報はどこから仕入れたのですか?」
「キフェラの生母から仕入れた。直系の王女を無視して傍系の娘が正妃になるのはおかしい。直系王女を正妃、傍系の娘は側妃でいいと言ったらしい」
「側妃にさえ選ばれない者を正妃にするわけがない!」
クオンは込み上げる怒りを抑えようとしたが、不快さを消すことはできなかった。
「俺もそう思う。だが、ミレニアスの王や側妃はキフェラを売り込みたい。エルグラードの王太子妃にするため、幼少時から教育して完璧な王女に育てたと思っている。なぜ拒否されるのかわからないというのが本音だ」
「勉強もせず、仕送りの予算をはるかに上回る買い物をしているというのに、完璧な王女だというのか?」
「勉強をしないのは、知っていることを何度も習うのは馬鹿らしいと思っているからだ。王女が贅沢をするのもおかしくはない。普通のことだ。予算をわざと使い切って不足にするのも常套手段だ。そうしないといつまでたっても予算が上がらない」
フレデリックはキフェラ王女の行動について解説した。
「買ったもの勝ちというだけだけだろう? 俺も予算を使い切って予算を増やしている」
「キフェラ王女はいらない。一時帰国のついでに返却だ」
クオンは断言した。
「王同士の密約がある限りは無理だ」
「密約?」
「クルヴェリオン王太子が三十歳までに妻を選ばなければ、キフェラを正妃にするという密約だ。王命で政略結婚をすることになる。王同士が合意して誓約書にサインしているらしい」
そんな密約があるのか?
クオンは驚愕する気持ちを抑えるように顔をしかめた。
「……そのような王命を出す王は退位でいい。新王には関係ない」
「ああ、なるほど」
フレデリック王太子はニヤリとした。
「ここまで嫌がられているとは。さすがキフェラだ」
「両親の前でだけ完璧を装う王女などいりません。このまま年齢が上がり続けて困るのはミレニアスでは? 兄上と婚姻できなかった場合、キフェラ王女をどうするのです?」
「さあな。だが、キフェラが飼い殺しになるのは百も承知だろう。エルグラードとミレニアスの王家が婚姻でつながることが目的であって、本人たちが仲の良い夫婦になるかどうかは関係ない。ミレニアスでは政略結婚も夫婦仲が悪いのもよくあることだ。珍しくもなんともない」
完全に部屋の中は重苦しい雰囲気に包まれていた。
「私は両国の関係を乱すために来たわけではない。むしろ、改善したくて来ている。キフェラ王女のことは直接ミレニアス王に話す。顔合わせは十分だろう。終わりだ」
クオンはエゼルバードたちを連れて部屋を退出した。
フレデリックはだらけるようにソファの背によりかかって足を組むと、ウィリアムに顔を向けた。
「クルヴェリオン王太子はどうだ?」
「オーラが違います。王太子同士ということで交渉するのは難しい気がします」
「やりにくい感じが半端ない。エゼルバードを通して間接的に交渉したほうがいい」
「そうですね」
「取りあえず、明日の予定を何か考えるか。エゼルバードの機嫌を取っておく必要がある」
「どのようにして遊ぶかよりも、フレディが問題を起こさないかの方がよほど気になります」
「側近病だ」
「友人病も併発しています」
ウィリアムは頭痛を鎮めるように、こめかみをぐりぐりと抑えた。





