204 二人の王太子(一)
ミレニアスの王太子フレデリックは豪華な応接間につくと、遠慮のない勢いでソファに座り、足を組んだ。
「なぜ答えなかった?」
「慎重さが必要だからです」
ウィリアムは答えた。
「エルグラードで発見されたインヴァネス大公夫妻の娘らしき女性は身元不明の孤児として孤児院で育ちました。現在の名前はリーナ・セオドアルーズ。後見人はパスカル・レーベルオードで、クルヴェリオン王太子の庇護下にあります」
ウィリアムは事前に通達のあった内容を確認するように口にした。
「世話役はリーナ・セオドアルイーズではなく、リーナ・レーベルオードだと答えました。エルグラード側が極秘交渉に備え、こちらに来る直前にレーベルオード伯爵家の養女にしたのではないかと考えられます。軽率な発言はできません」
「結局、お前はあの者に見覚えがあるのか?」
「ありません」
フレデリックは眉をひそめた。
「ならば、知らない者だと言えばいい。何か問題があるのか?」
「あります」
「何が問題だ? 知らないということを教えたくないということか?」
「見覚えがなくても、会った可能性がないとは言いきれません。フレディはエルグラードの様々な場所に足を運んでいます。孤児院にも資金提供をしていますので、偶然会った可能性は否定できません」
「それもそうか」
「リーナ・セオドアルイーズがどこの孤児院にいたのかについては明記されていません。余計な情報は与えない方がいいでしょう」
「俺に見覚えがあって驚いたのではないか?」
「証拠はありません。知らないと言い張ることは十分可能です」
「まあ、孤児院の中には褒められたことをしていないようなのも多くあるからな」
「その通りです」
「エゼルバードが孤児院を調査したせいで、情報収集の手段が減った。新しい案を考えなければならない」
フレデリックは遊びに行くついでに、エルグラードの情報収集をしていた。
その中には常に金がほしくてたまらない孤児院を活用する方法もあった。
「情報収集に孤児院を利用するのはいいとしても、犯罪行為に手を染めている場合は切るべきです。こちらが犯罪行為に関わっていると思われては困ります」
「情報収集も違法行為に問われる可能性があるわけだが」
「一般情報の収集です。ですが、他国の者に流しているというだけで諜報活動だと判断されてしまうかもしれません。足がつかないようにしておくべきでしょう」
フレデリックは時計を見た。
「会議が終わる。延長していなければだが」
「よほどのことがなければ終了します。ミレニアスの王太子との面会があるなら余計に」
ウィリアムの予想が当たった。
両国の会議は時間通りに終了した。
会議に参加したクオンとエゼルバードはミレニアスの王太子フレデリックがウェイゼリックに来て面会を希望していることを知らされ、応接間へ移動することになった。
「我が国にようこそ」
「こちらは私の友人でミレニアスの王太子フレデリックとシャトレー子爵のウィリアムです。ウィリアムはフレデリックの側近をしています」
非公式な面会のため、エゼルバードは親しい友人としてフレデリックたちを紹介した。
「エゼルバードに会いに来たのか?」
「王命によって派遣された。インヴァネス大公家の調査に対する立会人だ。エルグラード側の立会人は誰になるのだろうか?」
「私だ」
クオンが答えた。
「代理人はエゼルバードか?」
「代理ではありません。兄上がいない場での調査は認められません」
エゼルバードは立会人かその代理人になりたかったが、クオンに却下されていた。
「立会人はゼクスに任せるか」
「ゼクスも来ているのですか?」
「あいつも立会人だ。王命で派遣された立会人は三名いる。俺とウィリアムとゼクスだ。その内の誰か一人が立ち合えばいい」
「ゼクスというのは誰だ?」
クオンはエゼルバードに尋ねた。
「留学時の友人です。宰相の次男です」
ミレニアスにおいて最も権力を持つ臣下は宰相。
長男はミレニアスの第二王女と婚姻しているため、ミレニアス王家とは外戚関係にあった。
「明日は一日中調査だ。立会人でなければ暇になる。エゼルバードは俺と遊んでいればいい」
「私は調査に同行します。暇ではありません」
「無理だ。調査に同行できる者は限られている」
調査の場にいられるのは調査対象本人、調査員、立会人、立会人の護衛だけであることをフレデリックは伝えた。
「護衛として同行する気はないだろう? 二名が上限だ。もう一人の護衛の負担が増える」
「調査に同行できる者が限られているとは聞いていません。護衛が二名というのも少なすぎます。兄上はご存知だったのでしょうか?」
「聞いていない。今の説明だと、調査に同行できるのは立会人と護衛二名の三人だけということか?」
「そうだ」
「私はエルグラードの王太子だ。護衛騎士が多くつくのは当然だというのにおかしい。わざとか?」
「立会人が王太子である必要はない。護衛が二人だけでいい者にすればいいだけだろう?」
フレデリックは大したことではないと思っていた。
「レーベルオード子爵が妥当ではないか? これは極秘調査だ。同行者を少なくするのは当然だろう。馬車に乗れる人数も考慮しなければならない」
「馬車?」
クオンはフレデリックを睨んだ。
「外出するとは聞いていない。ウェイゼリック城内で行われるのではないのか?」
「俺が聞いた話では」
「待ってください」
ウィリアムが口を挟んだ。
「調査の説明は初日の最初に行うはずです。明日になればわかることを今話す必要はないかと」
「一日位早くても同じだろう」
「インヴァネス大公よりも先にエルグラードの者に伝えるのは適切ではありません」
「インヴァネス大公も知らないのか?」
ウィリアムの言葉を聞いたクオンは眉をひそめた。
「インヴァネス大公家の調査だ。大公が知らないのはおかしい」
「インヴァネス大公が真実を捻じ曲げないよう王が警戒しているだけの話だ」
フレデリックはさらりと重要な情報を暴露した。
「ミレニアス王はインヴァネス大公が真実を捻じ曲げると思っているのか?」
「叔父上は何度も娘の調査をしているが、別人だと判定されてきた。今回も同じような結果になるかもしれない」
インヴァネス大公夫妻の娘と思われる者の調査がこれまでにもあったということを、クオンたちは初めて知った。
「かなりの年月が経っている。本人の証言だけでは認められない。別人がなりすましている可能性もある。嘘つきの女性はいくらでもいるだろう?」
「リーナは嘘つきではありません!」
エゼルバードが怒りをあらわにしたため、フレデリックは驚いた。
「なぜ怒る?」
「私のお気に入りです。リーナを軽視することも愚弄することも絶対に許しませんからね?」
「わかった。ゼクスに伝えておく」
フレデリックはエゼルバードの機嫌を損ねないよう配慮することにした。
「だが、調査で叔父上の娘だと判明した場合、縁談相手はクルヴェリオン王太子だと聞いた。エゼルバードではないが?」
「私が心から敬愛する兄上の相手になるかもしれない女性ですよ? 丁重に扱うべきです」
フレデリックはエゼルバードのことをよく知っている。
兄クルヴェリオンを絶対視しており、自分は最も大切にされている弟だと自負している。
エゼルバードがリーナという女性に配慮したのは兄のためだろうと判断した。





