203 ウェイゼリック(二)
リーナたちは化粧室から戻る途中、廊下を歩いてくる男性たちと遭遇した。
世話役は男性たちが来ることに備えて立ち止まり、深々と頭を下げた。
リーナとメイベルはその男性たちのことを知らないため、不躾にならないよう軽く頭を下げた。
その対応で問題ないはずだったが、男性たちは立ち止まった。
「この女性たちはエルグラードからの客人か?」
「そうでございます。王族付きの侍女です」
「リーナという名前の女性はいるか?」
リーナとメイベルは緊張した。
「こちらの女性がレーベルオード伯爵令嬢のリーナ様でございます」
「レーベルオード伯爵令嬢?」
片方の男性がじっくりとリーナを見るように目の前に立つ。
緊張しながら男性を見たリーナは驚く表情になった。
「あ……」
「俺のことを知っているのか? 初対面のはずだが」
リーナは動揺した。
男性はリーナに見覚えがないようだったが、リーナにとっては見覚えのある気がする男性だった。
とはいえ、数年前に一度会っただけ。
「ウィリアム、見覚えがあるか?」
ウィリアムと呼ばれた男性はリーナを上から下までじっくりと見つめた。
「今は移動を優先すべきです」
「わかった」
興味がなくなったかのように男性は歩き出す。
ウィリアムと護衛らしい男性たちも行ってしまった。
「今の方々はどなた様でしょうか?」
メイベルが世話役に質問した。
「王太子殿下と側近と護衛騎士です」
「そうでしたか。では、大図書室の方に」
大図書室に戻ると、メイベルはすぐに隅の方へリーナを連れて行った。
「ミレニアスの王太子を知っているの?」
「昔、お世話になった方に似ていると思ったのです。でも、ミレニアスの王太子ということであれば違うと思います」
リーナは正直に答えた。
お世話になった……?
ミレニアスの王太子と面識があり、しかも世話になったということであれば重要なことではないかとメイベルは思った。
「念のために聞いておくわ。お世話になったというのはどういうこと? いつ頃の話かしら?」
「孤児院にいた頃の話です。五年ぐらい前でしょうか。花街の近くで酔っ払いに絡まれていたのを助けてくれた男性がいたのです」
「別人の可能性が高そうね。でも、一応はセイフリード王子殿下に話しておきましょう」
「はい」
二人はセイフリードのところに戻り、廊下でミレニアスの王太子と遭遇したことを報告した。
「ミレニアスの王太子も側近もじっとリーナを見ていました。知らないのであれば知らないと答えればいいだけです。ですが、側近は答えずに移動を優先しました。勘繰り過ぎかもしれませんが、違和感があったように思いました」
セイフリードは考え込んだ。
ミレニアスの王太子はかなりの遊び人。頻繁にエルグラードに来て遊んでいる。花街の近くで会ってもおかしくない。
だが、セイフリードが気になったのはリーナの説明の方だった。
男性は酔っ払いからリーナを助けたあと、孤児院まで送り届けたということだった。
ミレニアスの王太子が偶然困っている孤児の少女を助けたとしても、孤児院まで送り届けるとは思えなかった。
「僕の方から兄上やパスカルに伝えておく。ミレニアスの王太子がリーナを助けた証拠はない。別人だと思え。同一人物だったとしても、昔助けたことを今更恩に着せられても困る。何も知らないふりをしておけ。わかったな?」
「はい」
セイフリードは護衛騎士を呼ぶと、王太子とパスカルの状況を調べ、面会の予定を入れるよう命令した。





