196 馬車の中(二)
王子四兄弟の馬車は沈黙に包まれていた。
窓側にクオン、その隣にレイフィール。
向かい側に座るエゼルバードは完全に窓よりの位置、セイフリードは扉よりの位置だった。
八人乗りの馬車のため、片方の座席に四人が座れる。
エゼルバードとセイフリードがそれぞれ座る位置とその間に空いている距離は、二人の関係をそのまま示していた。
焦る必要はない。この旅も人生もまだまだ続く。少しずつ距離が縮まるかもしれない。
クオンはそう思っていた。
町を離れ田舎の風景が通り過ぎるだけになると、クオンは弟達に話しかけた。
「話がある」
弟達は無言のまますぐに立ち上がり、クオンの方に移動して座り直した。
「昨日の馬車内会議で大体のことは伝えたが、まだ伝えていないことがある。個人的なことだが、話しておくことにした」
リーナがレーベルオード伯爵令嬢になったことや問題が起きないようにするための指輪を与えたことをクオンは弟たちと側近に伝えていた。
しかし、非常に個人的なことについては議題にも通達にも入れなかった。
「リーナの素性調査の結果次第では、エルグラード王家との縁談があるかもしれない。現時点においてその相手は私だ。だが、自分の縁談にしたい者はいるか? とても大事なことだけに正直に教えてほしい」
最も早く口を開いたのはセイフリードだった。
「兄上がリーナを妻にしたいのであればそれでいいと思います。ですが、経歴が確定しているとは言えません。平民の孤児として育ったことを一部の者は知っています。正妃にすることを反対され、側妃にした方がいいと言われてしまうのではないでしょうか?」
それはクオンも考えたことだった。
インヴァネス大公の娘と認められ、インヴァネス大公女の身分になったとしても、リーナが正妃として認められない可能性はある。
以前のクオンであれば、正妃にできないのであれば諦めると答えた。
しかし、今は違う。別の答えに変わった。
「もしもを重ねていくのは危うい。だが、リーナとの縁談については真摯に考える。それよりも私が聞きたいのは、お前たちの気持ちだ。エゼルバード、教えてくれないか?」
エゼルバードは微笑んだ。
「ご懸念には及びません。リーナは大変興味深く好ましい女性ですので、妹のように可愛がるのも悪くないと思っていました。だからこそ、恋人にも側妃にもしないという約束をすぐにしたのです」
妹という言葉にセイフリードが反応するが、エゼルバードは気にしなかった。
「兄上がリーナを妻にすることに反対はしません。むしろ、兄上が妻にしてもいいと思える女性を見つけてよかったと心から思っています。ですが、王族は一夫多妻制です。インヴァネス大公女との政略結婚が決まっても、必ず不満を感じる者が出ます。他の女性も妻にすべきだという声が上がるのではないでしょうか?」
リーナがインヴァネス大公女になっても、政略結婚をしても、それで終わりではない。
エルグラード王族は一夫多妻制。
もっと多くの妻を持つよう勧める人々が出てくる可能性は非常に高かった。
「私は兄上の味方です。目的を達するために協力します。ですので、リーナを妹のように可愛がることを許してほしいのですが?」
クオンは考え込んだ。
「何か問題でも?」
「……エゼルバードの理想を押し付けないかが気になる。リーナの意志を尊重し、あくまでも妹のような者として接するだけに留めることができるか?」
「できます。私はずっと妹が欲しいと思ってきました。王家には男子しかいないので」
エゼルバードの発言は嘘ではない。本当に妹が欲しいと思っていたことをクオンは知っていた。
「わかった。リーナに対して妹のように接することに関しては許可する。だが、やりすぎるな。お前は夢中になると見落とすことが多くなる。側近たちに頼るばかりではなく、自ら注意すべきことだ」
「気をつけます」
自分の提案が受け入れられたエゼルバードは満足だった。
「レイフィールはどうだ?」
「私も可愛い妹が欲しい。エゼルバードに許可を与えるなら、私にも許可をくれてもいいはずだ」
「わかった。レイフィールにも許可する」
「良かった。兄上とリーナの縁談は喜ばしい。ただ、私の母親も元は平民だったせいで差別を受けた。リーナも同じように言われてしまうかもしれない。私なりにリーナの負担が少なくなるような配慮を心掛けたい」
「そう言ってくれて嬉しい」
「リーナの件については以上だ」
クオンはレイフィールの言い方が気になった。
「別件で何か言いたいのことがあるのか?」
レイフィールは小さく息をついた。
「私はずっと後宮をなくしたいと思っていた。それは兄上も同じだろう?」
「同じだ」
「だが、リーナが側妃になれば後宮に住むはずだ。後宮をなくすのが難しくなると思っただけだ」
エゼルバードが眉をひそめる。
「軍の予算はかなり増えたはずです。兄上と私のおかげでね。だというのに、まだ、不足だというのですか?」
「私が後宮をなくしたいのは予算だけが理由ではない。別の理由もある」
「なんですか?」
「後宮は差別と不正を生む場所だ」
一瞬で雰囲気が変わった。
「後宮は秘匿性が高い。セイフリードがないがしろにされていたことをずっと知らなかった。多くの侍従が違反行為を長年していたこともようやくわかった。再発を防ぐようにしても、後宮が存続する限りは安心できない。同じことが繰り返されるかもしれない」
レイフィールは正義感が強い。
後宮で起きた問題や不正を根絶したいと思うからこそ、後宮をなくしたいという気持ちもまた強かった。
「私自身の手で違反者を捕縛することができてとても嬉しかった。だが、この程度では変わらない。華の会の件も悔しい。本当は側妃候補を全員退宮させたかった」
「レイフィールの気持ちはよくわかる。私も後宮を必要だとは思わない」
クオンはレイフィールを慰めるように言葉をかけた。
「国王はすでに後宮の縮小化を決めている。時間がかかるかもしれないが、問題を少しずつ改善させるようにしたい」
「後宮がどうなるのかは不透明です。王立歌劇場以上に老朽化が酷いようですからね」
「修繕費用が相当かかると聞いた」
クオンは後宮側から提出された書類に書かれていたことを思い出した。
「だったら取り壊してしまえばいいというのに」
「王宮歌劇場と同じ考え方ですね。ですが、父上が離宮を建てているのを忘れたのですか?」
レイフィールが顔をしかめた。
「全く持って無駄だ! 古い離宮を直せばいいというのに!」
「修繕する費用が必要になるだけでは?」
「結局、金がかかるのか」
「後宮の建物を壊すだけでも相当な費用がかかる」
最後にそう言ったのはセイフリード。
「壊したあとはゴミの山だ。処分費用もかかる。間違いなく莫大になるだろう」
後宮はどう転んでも問題でしかない。
そして、莫大な予算が必要になることも変わらない。
極めて優秀な四人の兄弟であっても、解決するのは難しいことだった。
 





