193 伯爵令嬢
「移動する。セイフリードも来い。ヘンデル、パスカル、行くぞ」
クオンは同行人を選び、リーナとメイベルが待機する部屋に向かった。
「リーナに極めて重要な話がある」
「私に?」
リーナは緊張した。
「これからミレニアスに行くが、身分や階級による差別が強い。エルグラードの外交使節団の一員として配慮してほしいと伝えても、平民の扱いはかなり悪くなるだろう。そこでリーナを貴族にする。レーベルオード伯爵家の養女になる手続きを行う」
突然のことにリーナは驚くしかなかった。
「ミレニアスの調査がどのようなものかはわからない。私やエルグラード側がリーナをしっかり保護するためにも貴族の方がいいと判断した。手続きをしたあと、パスカルは義理の兄になる。より相談しやすくなるだろう」
「私は孤児でした。レーベルオード伯爵家に迷惑がかかってしまうのではないでしょうか?」
「心配しなくていい。むしろ、養女にしたがる貴族が多くて困った」
クオンは後見人をパスカルに指名したが、養女先については王太子派の貴族の中から選べばいいと思っていた。
ところが、国王もまたリーナの身分のことを気にしたため、国王派の貴族からもリーナを養女に迎え入れたいという申し入れがあった。
最終的にはレーベルオード伯爵家になったが、決まるまでに時間がかかってしまったため、書類が届くのも遅くなってしまった。
「リーナを貴族にするのは国王と王太子による決定だ。拒否権はない。まずは書類にサインをするように」
ヘンデルが取り出した書類に、リーナはサインをした。
「パスカルから説明する」
「リーナ・セオドアルイーズは私の実家であるレーベルオード伯爵家の養女になります。レーベルオード伯爵家の血族ではないため、伯爵位の継承権はありません。それでも身分は伯爵令嬢です」
現在、レーベルオード伯爵家の家族構成は二人。
パスカルの父親であるパトリック・レーベルオードが当主で、一人息子のパスカルがいる。
今後はリーナが加わることになる。
「これまでは私が後見人でしたが、今後は私の父であるレーベルオード伯爵が後見人になります。レーベルオードを名乗る以上、家名を傷つけるようなことは許されません。軽率な言動は控え、伯爵令嬢としてふさわしくあるよう常に最大限の努力をしてください」
パスカルの真剣な表情と淡々とした説明に、リーナは怖いと感じた。
私が伯爵令嬢なんて……。
突然言われても困るとリーナは感じた。
「不安か?」
クオンに尋ねられたリーナは素直に頷いた。
「とても。平民から貴族になるだけでもかなりのことです」
「その通りだ。身分が上がることは喜ばしいことだが、身分にふさわしくあるようにしなければならない責任も生じる。試練のように感じるかもしれないが、自らの夢を叶えるために努力してほしい」
夢を叶えるために……。
リーナの心にクオンの言葉が響いた。
「渡すものがある」
クオンはリーナのところまでいくと、ポケットから薬入れを取り出した。
「手を出せ」
リーナが両手を差し出すと、白いバラの螺鈿細工がある薬入れが乗せられ、包み込むようにクオンは手を重ねた。
「リーナの分だ。手伝ってくれたおかげで良いものを選べた。私もリーナが困った時には手伝う。何かあれば相談してほしい」
「大切にします」
リーナは薬入れと一緒にクオンの気持ちを受け取った。





