191 争いの種(二)
「兄上の侍女ではなく僕の侍女にしたい」
「それにつきましても、王太子殿下に直接お聞きください」
パスカルはそう言うしかない。
「リーナは争いの種だ。誰かがしっかりと管理した方がいい」
セイフリードはずっと感じて来たことを言葉にした。
「兄上の侍女だというのに、エゼルバードやレイフィールが気にしている。誕生日プレゼントを贈るほどだ。なぜだ?」
「単に気になるからではないでしょうか?」
パスカルは慎重に言葉を選ばなければと感じた。
「リーナは王太子殿下、第二王子殿下、第三王子殿下のために貢献したことがあります。そのせいで好印象を持つのは当然のこと。役立つ者であれば自分の管轄にしたいということではないかと」
「兄上から奪うつもりか?」
「いいえ。奪えないからこそ、今のような状況なのだと思います」
パスカルはそう思っていた。
「第二王子殿下や第三王子殿下にとって王太子殿下は絶対です。王太子殿下が望まれるものを欲しがるわけにはいきません。ですが、どのような意味で王太子殿下がリーナを評価しているのかがわかりにくいのではないかと。正直、私もわかりかねます」
それはパスカルの本音。
「女性として好ましいと感じられているようですが、個人的に親しくなろうとされているようにも見えません。適切な距離を置こうとされているようでいて、他の者との扱いが違うのも明らかです。あくまでも推測ですが、王太子殿下もご自身の心を計りかねているのかもしれません」
それについてはセイフリードも考えていた。
「兄上は女性を好きになったことがあるのか?」
「恋愛感情という意味ではわかりません。王太子殿下のプライベート担当はヘンデルですが、ヘンデルも対応しにくいと感じています。判断が難しいのではないかと」
「エゼルバードはリーナをかなり気に入っている。わざわざ早起きをしていた。この点は警戒すべき部分だ」
そうかもしれないとパスカルは思った。
「エゼルバードは兄上が大好きだ。そのせいで兄上が気にするリーナをエゼルバードが気にするのもわかる。だが、それだけで終わらない場合は面倒なことになる」
「それはわかっております」
「やはり争いの種だ。忌々しい!」
「忌々しいのであれば、欲しがらなければいいのではないでしょうか?」
「わかっていない。エゼルバードよりも僕の方がましだろう?」
パスカルは無言。
「なぜ、肯定しない? エゼルバードの方がましだというのか?」
「正直に申し上げますが、暴言を吐く男性と優しい微笑みを作れる男性では、後者の方が有利です」
「僕だって作り笑いぐらいはできる」
「では、してみてください。どの程度か確かめます」
「そんな簡単にできるわけがないだろう!」
「第二王子は慈愛溢れる偽りの笑顔と、冷酷な表情を一瞬で使い分けることができます。表情を変化させる能力に関しては、殿下よりも上です」
「簡単に言うな! だったらお前がやってみろ!」
セイフリードは挑発した。
「笑顔ですか?」
「そうだ。慈愛溢れる偽りの笑顔をしてみろ」
パスカルは微笑んだ。
その表情は温かく優しい。
「いかがですか?」
パスカルは優しい口調で丁寧に尋ねた。
セイフリードは相当苛ついた。
普通に多くの人々を騙せる笑顔だと感じたために。
「嘘臭い。リーナは騙せても、僕は騙せない」
「状況的に私がどのような表情をしても、殿下には偽りの笑顔にしか見えません」
「言い訳だ」
「では、殿下の番です」
「なんだと?」
「慈愛溢れる偽りの笑顔をしてみてください。それができなければ、第二王子殿下の方がましということでは?」
セイフリードはパスカルを睨みつけた。
「ムカつく!」
「殿下の優れている部分は明晰な頭脳だけではありません。その顔立ちも使えます。活用されてはいかがですか?」
それはセイフリード自身も考えたことがある。
「第二王子殿下に勝ちたければ、リーナには優しくしてください」
セイフリードはそっぽを向いた。
「僕の本を持って来い。赤いカバーのついた本だ。リーナたちがいなければ部屋に戻る」
「わかりました。では、こちらでお待ちください」
パスカルは立ち上がるとセイフリードの部屋に向かった。
その足取りは速いが心は重い。
争いの種……。
セイフリードの言葉は、パスカルに強い不安を感じさせていた。





