189 怒号
「失礼いたします。忘れものがないかどうかを確認させていただきます」
セイフリードの部屋に行ったリーナはバスルームから順番に忘れ物がないかどうかの点検を開始した。
セイフリードは読書をしていたが、居間に来たリーナの手に指輪がはめられていることに気づいた。
「リーナ、その指輪はどうした?」
「いただきました」
「誰からだ?」
「贈り物です」
王太子からの贈り物だと言ってはいけない。
リーナは贈り物だということを強調することで誤魔化そうとした。
「誰からだと聞いている。名前を言え」
「申し訳ありません。お答えできません」
セイフリードは眉間にしわを寄せた。
「命令だ。誰から貰ったのか答えろ」
命令……。
リーナは早速困ったことになったと感じた。
「……誰から貰ったのか言わないように言われています。ですので、お答えすることができないのですが」
「命令するといったはずだ。お前は王族の命令に逆らう気か?」
どうしよう……。
リーナは順番に考えた。
王族の命令は絶対。
しかし、クオンは王太子。セイフリードは第四王子。
どっちの言葉を優先すべきかとなると、クオンではないかとリーナは思った。
ああ、でも、クオン様は命令って言わなかったし……。
動揺したリーナの頭は混乱した。
そして、リーナが答えを出すよりも、セイフリードの限界の方がはるかに早かった。
「出て行け!」
セイフリードの大声を聞いたメイベルがかけつけた。
「何かありましたでしょうか?」
メイベルは衣装部屋にいたため、リーナとセイフリードの会話を聞いていなかった。
「僕の命令に逆らった! 不敬だ! 出ていけ!」
「リーナ、何があったの?」
メイベルはリーナの側によると、何があったのかを尋ねた。
「指輪のことを質問されました。誰にもらったのか言えと命令されたのですが、誰にもらったのかは言わないことになっています。なので、答えられないと思って……」
メイベルはそんなことかと思いながら盛大にため息をついた。
そこにパスカルもやって来た。
激怒しているのが明らかなセイフリードと、こそこそ話すような侍女の二人。
何かあったのは明白な状況だった。
「何があったのですか?」
「命令違反だ!」
「事情があるのです」
メイベルがすぐに言った。
「私は衣装部屋にいたので、詳しいことはわかりません。ですが、リーナの指輪を見た王子殿下が、誰からもらったのかを尋ねられたようです。指輪の贈り主については言えないことになっていますので、リーナは答えることができずに困ってしまったのです」
「王太子殿下から贈られた指輪です」
リーナに代わってパスカルが答えた。
「多くの男性がいる中、女性は二人だけです。メイベルは婚姻しているので指輪をつけています。それが牽制になりますが、リーナは何もつけていません。ですので、異性を牽制する指輪をつけた方がいいのではないかということになりました」
安物では牽制の効果が薄いため、王太子が選んだ指輪が与えられた。
リーナは指輪を受け取る時、誰からもらったのかは言わないよう指示された。
パスカルはそのことをヘンデルから説明され、それをセイフリードに報告しに来たところだったことを説明した。
「ご報告が遅くなってしまい申し訳ありません。リーナは王太子殿下の指示に従っただけです。お許しいただけないでしょうか?」
事情を説明すれば理解できる。問題はないはずだとパスカルは思った。
しかし。
「リーナは馬鹿だ! だったらそう言えばいい! 牽制は騎士や兵士に対してだろう? 僕に隠す意味などないというのに、何も伝えず命令も聞かない。そんな者とは一緒にいたくない!」
セイフリードは感情をほとばしらせるように叫ぶと部屋を出て行った。
すぐにパスカルがあとを追う。
部屋にはリーナとメイベルだけが残された。
「……怒らせてしまいました」
しゅんとするリーナの肩に優しくメイベルは手を置いた。
「大丈夫よ。王子殿下はとても頭がいいもの。説明を聞いてわかったけれど、それでも怒りが抑えにくかったのよ。だから叫んで発散させただけだと思うわ」
セイフリードは若い。暴君と呼ばれるほど、感情をあらわにする。
ずっと感情を抑えていたが、今回だけは難しかったのだろうとメイベルは思った。
「リーナが王太子殿下に従おうとしたのはわかってくれるわ。でも、隠す意味もなかったのは確かね。そこに気づけなかったのは反省すべきだわ」
「あとで謝罪します。命令に従わなかったので許されないかもしれません。でも、それしか思いつかないです」
リーナは今にも消えそうな声で答えた。
「まあ、パスカル様がうまくなだめてくれるわよ。それにめそめそしている暇なんかないわ。私たちにはすべきことがあるでしょう?」
「荷造りと忘れ物がないかの確認ですね?」
「正解よ。リーナは侍女の仕事を免除されているとはいっても、状況次第よ。臨機応変にね」
「はい!」
「じゃあ、このチャンスを活かすわよ!」
「チャンス?」
「王子殿下がいないと、作業がやりやすいでしょう?」
リーナはメイベルの発想力と状況を活用する優秀さに感嘆した。
「今のうちにどんどん進めるわよ!」
「はい!」
元気を出すためにも仕事を頑張ろうとリーナは思った。





