180 レールス(二)
昼食は中央広場の近くにある地元のレストランだった。
二階の大部屋が貸し切りにされ、全員が同席の状態。
「味はどうですか?」
エゼルバードがセイフリードに話しかけた。
「鶏肉だ」
レールスの名物は鶏肉料理。
農業や牧畜などを営む者が多く、チーズやワインを使った料理も親しまれていた。
「もう少しましな答えをすべきでは? もっと食事や味に興味を持ちなさい」
「毒入りの食事で死にそうになったことがあるからだ。できるだけ食べたくない」
「生きるためには必要です」
「だからこそ、食べている」
「菓子ばかり食べているそうですね?」
セイフリードはエゼルバードを睨んだだけで、否定はしなかった。
「このままでは成長できません。身長が伸びなくてもいいのですか?」
「うるさい!」
セイフリードが怒鳴った。
「エゼルバードも偏食家だ! 僕のことにケチをつけるな!」
「私が偏食をするようになったのは成長が止まってからです。それまでは成長を考え、きちんと栄養を取っていました。身長も平均以上です」
「チョコレートばかり食べているくせに!」
「普通の食事も食べています」
「エゼルバードはいつも自分のことは棚に上げ、人を見下している! むかつく!」
「心配して声をかけたというのにがっかりです」
「心配? 嘘つけ!」
「セイフリードのために探偵博物館へ行ってあげたではありませんか」
「関係ない。ロジャーに文句を言っていたくせに!」
「人の話を盗み聞くとは、あまりいいことではありません」
「勝手に聞こえて来ただけだ!」
「地獄耳ですか。セイフリードらしい能力です」
言い合いが始まったために、ロジャーとパスカルが仲裁に入った。
その様子を見たリーナは残念に思った。
第二王子は優しく慈悲深い。第四王子は正当性と客観性を尊ぶ。どちらも素晴らしい才能に溢れている人物。
なのに、仲良くできないなんて……。
「リーナ、しっかり食べないとよ?」
常にしっかり食べることを重視しているメイベルが声をかけてきた。
「名物なだけあってとても美味しいわ。リーナはどう?」
「美味しいです。でも、量が多いです」
「リーナは小食よね」
「さっぱりした味ですね。ソースがかかった料理に慣れてしまったので、塩とハーブだけの料理は珍しく感じます」
「王都の食事はソース文化と言っても過言ではないわ。さまざまなソースによって美味しくするの。肉をうまく焼くだけでは、料理としてはダメってことよ」
二人はソースについて語り合った。
後宮でも食事時間に味や素材、食文化に関する知識を蓄え、勉強するようにしていた。
「レールスではチーズとワインも有名だよ。チーズを使った濃厚なソース、ワインを使った香り豊かなソースもある」
シャペルが会話に加わった。
「ここで最も好まれるのは塩とハーブによる食べ方だ。レールスに来たからには、王都とは違う食べ方を味わうべきだね。その上でソース料理を楽しむことをおすすめするよ」
「チーズとワインのソースも用意しておいてくれればいいと思うのですが?」
メイベルがそう言うと、シャペルがにっこり微笑んで答えた。
「レールスにいると、鶏肉ばかりでてくる。朝も昼も夜もだ。昨晩はシチューだったけど、今夜もまた鶏肉の料理だよ。ホテルの料理はソース付きの確率が高いから、チーズかワインのソースじゃないかな」
「どっちも食べたいわよね?」
「そうですね。勉強になります」
「明日の夕食もある。どちらも味わえるよ。ここに長期滞在すると、鶏肉ばかりなので飽きてしまうかもね」
「肉なら何でもいいです」
「お食事をいただけるだけで十分です」
やがて、デザートが運ばれて来た。
「チーズケーキね」
「デザートを見るだけでドキドキします!」
デザートが大好きなリーナは顔をほころばせた。
午後の観光は見張りの塔と呼ばれている場所だった。
元々は警備用の塔だったが、現在では観光名所の一つとして開放されており、レールス市街を見渡せる場所として知られていた。
見張りの塔からの景色を堪能するためには、一番上まで登らなければならない。
セイフリードは難色を示したが、女性でも登れると言われ、しぶしぶ階段を登ることにした。
「大丈夫ですか?」
リーナは隣にいるセイフリードを心配そうに見つめた。
セイフリードは階段の途中にある踊り場で立ち止まり、息を整えながら休憩していた。
「お前は平気そうだな?」
「まだ大丈夫です」
リーナは元掃除部。職務的に運動量が多く、自然と体力がついていた。
「先に行け。少し休む」
「でも」
「いいからいけ。今のうちにエゼルバードの機嫌をとっておけ」
「私が側にいます。メイベルと先に行ってください」
パスカルがそう言った。
「リーナ、行きましょう」
「はい」
リーナはメイベルと護衛騎士と共に上へ向かった。
すると、より上の方にある踊り場で、エゼルバードたちも休憩していた。
「セイフリードにはつらかったようですね」
読書ばかりのセイフリードと掃除を担当するリーナでは体力が違う。
いずれ二人のペースに差が生じ、醜態を見せたくないセイフリードとは別行動になるとエゼルバードは予測していた。
車窓見学を下車観光に変えるように言って正解ですね。
エゼルバードは黒い笑みを浮かべた。
「一緒に行きましょう。はぐれないように手をつなぎます」
エゼルバードが手を差し出したのを見て、リーナはメイベルに顔を向けた。
「今のうちにすべきことがあるはずよ」
エゼルバードの機嫌取り。
それがセイフリードの指示だった。
「ご配慮に感謝いたします。光栄です」
リーナが差し出した手をエゼルバードはしっかりと握った。
「行きましょう。休憩したくなったら言いなさい」
「はい」
今度はエゼルバードがリーナと手をつないで進み出した。
兄上はリーナと手をつないだことがあるのかどうか……。
エゼルバードの心の中でちょっとした罪悪感と優越感が混じり合う。
結果としてそれは心地良さと機嫌の良さにつながった。
塔の上に着いたパスカルはため息をついた。
リーナの手が第二王子の手につながれているのを見たからだった。
「僕の侍女だというのに!」
セイフリードは早速エゼルバードの所へ文句を言いに向かう。
護衛騎士がついて行くが、パスカルは動かなかった。
そして、自分が来るのを待っていたロジャーに視線を向ける。
「リーナは意外とモテる」
ロジャーが話しかけて来た。
「そのようです」
「安全への配慮だ。観光客に偽装するためでもある。仕方がない」
「そう言うと思いました」
「だが、ずっとこのままはよくない」
「そうですね」
優秀な側近たちは対応策を考えた。
休憩時にリーナが化粧室に行くよう促し、エゼルバードに手を離させた。
そして、化粧室から戻って来たリーナはセイフリードでもエゼルバードでもない人物に手を握られていた。
「どうかご安心を。リーナがはぐれないように私が手をつなぎます」
怪訝な表情をする二人の王子の視線を毅然とした態度で跳ね返したのは、リーナと手をつないだメイベルだった。
「さっさと行くぞ。お前が移動しなければ、他の者達も移動できない」
ロジャーがエゼルバードを誘導する。
すぐに護衛たちが壁を作るようにエゼルバードを取り囲んだ。
「よろしければこれを。レールスのガイドブックですが、歴史に関して詳しく載っています」
パスカルがセイフリードの興味を引きそうなものを渡して手を塞いだ。
「リーナ、先に行きましょう」
「はい!」
メイベルとリーナが歩き出し、間に護衛が入ることで壁を作った。
王子たちをリーナから引き離す作戦が決行され、成功した。





