179 レールス(一)
国境側にあるレールスはミレニアスへ向かう街道で最後の都市になる。
この先は国境を越える正式なルートとしての検問所が置かれている町しかない。
第一組はレールスで第二組の到着を待ち、合流することになっていた。
本来の滞在場所はレールス要塞だが、国軍が管轄する軍事拠点になる。
同行しているミレニアスのキフェラ王女に国防施設を見せるわけにはいかないため、第一組はレールスの市街地にある高級ホテルに宿泊することになった。
リーナ、エゼルバード、セイフリードたちはウェストランド系列のホテル。
一方、四六時中監視されたくないキフェラ王女の一行は、別のホテルに宿泊していた。
セイフリードがいつものように朝食を食べずに見つめていると、第二王子の伝令が来たという知らせが入った。
同席していたパスカルが食事を中断し、伝令内容を確認した。
「第二王子殿下が午前中市内を散策されるとのことです。一緒にどうかという内容でした。侍女も同行できます」
「エゼルバードが本当に誘いたいのはリーナだけだ」
セイフリードは不機嫌そうに言った。
「殿下が一緒であれば買い物ではなく観光名所の散策に変更、昼食にはレールスの名物料理を食べに行くそうです。自身の予定を変更されることを考えると、第二王子殿下なりに配慮していると思われます」
「行きたくない」
「では、侍女だけ行かせます」
セイフリードは眉をひそめた。
「僕の侍女だ。エゼルバードに付き合う必要などない」
「このような場所には滅多に来ません。勉強のためにも外出させます」
「リーナに何かあったら問題になる」
「リーナの様子は普通に見えますが、心の中には不安もあるでしょう。外出は気分転換になります」
そうかもしれないとセイフリードは思った。
「外出したくないわけではない。エゼルバードのことが気に入らないだけだ。僕たちだけで外出すればいい」
「第二王子殿下からの誘いを無下にするのは得策ではありません。第一組全体への悪影響が懸念されます。今日一日は、普段されない経験をされては?」
「王子である僕に、我慢しろという気か?」
「王子であるからこそさまざまな経験を積むべきではないでしょうか? 成人すれば、他人と関わる機会が増えます。殿下のお気に召さない者もいるでしょうが、避けることができない場合についての勉強になります。他のことへの活用もできます」
「他のこと?」
「リーナが第四王子付きであることをアピールするのはいかがでしょうか?」
エゼルバードのわがままをこれ以上許すわけにはいかないとセイフリードは思い、レールスに到着してからは朝の謁見もお茶当番も禁止にした。
そこでエゼルバードは、セイフリードと一緒に誘う方法に変えた。
セイフリードが行かずにリーナだけ行けば、エゼルバードは喜ぶ。
明日も明後日もリーナだけを誘う。
セイフリードが反対しても、外出中に約束したと言い張るに決まっていた。
「わかった。僕も行く」
「では、そのように」
「但し、僕の興味がある場所にも行けるようにしろ」
「交渉します。どのような場所でしょうか? 治安の悪い場所ではないことを確認しなければなりません」
セイフリードはパスカルに行ってみたい場所について教えた。
パスカルは直接ロジャーの元に行くと、第四王子も行くことを伝え、観光場所に関する交渉をした。
リーナを同行させることで交渉がまとまり、エゼルバードとセイフリードは一緒に外出することとなった。
「セイフリード、ここに立ちなさい」
エゼルバードは中央広場の中にある円を示した。
「とても人気がある観光名所です。街道の円と言い、これを踏む者はレールスに集まる街道全てを通ったとすることができます」
「くだらない」
それでもセイフリードは円の上に立った。
「意外と新しい。補修されているということか?」
「観光客が踏むことで、石がすり減ってしまうせいです」
へこむと水溜りになってしまうため、そうならないように管理している。
見た目ではわかりにくいが、円の部分は周囲よりも微妙に高くなっており、水が溜まりにくくなるよう工夫されていることをエゼルバードは説明した。
「昔はシンプルな円盤状の石があるだけでしたが、現在は観光名所らしい色付き石のモザイクになっています。八つの街道がどの方向かを示す矢印もあります」
「新しいと味わいがない。歴史を感じない」
「この方が庶民にはいいのでしょう。わかりやすく、いかにも観光名所という感じがします」
セイフリードが円から出ると、セイフリードと手をつないでいるリーナは引っ張られ、円の中に立つことになった。
「ありがとうございます! 円を踏めました!」
喜ぶリーナにセイフリードは頷いた。
「次はどこだ?」
「いつまで手をつないでいるつもりですか?」
エゼルバードは冷たい視線でセイフリードを睨んだ。
セイフリードは馬車を降りてからずっとリーナと手をつなぎ、一緒に歩いていた。
「僕の勝手だろう。口出しするな」
「そのようなことをして、兄上に叱責されてもいいのですか?」
「リーナがはぐれて迷子にならないようにするためだ。移動する時に端を歩くと、スリなどの犯罪者に狙われるかもしれない」
「いかにも正当だという理由をこじつけているだけなのは明らかです。リーナと手をつないでいるところを見せつけ、私を不機嫌にさせたいだけでは?」
「悔しいか?」
セイフリードは挑発的な笑みを浮かべた。
「本当にいやらしい性格ですね。無理して来ることはないというのに」
「意外と楽しんでいる。主にエゼルバードの反応を」
「悪趣味です。もっとましな趣味を持ちなさい」
「次の場所へ行く」
「移動しましょう。目立ちます」
ロジャーとパスカルは間に入り、担当する王子に移動するよう促した。
観光名所だけに人目が多い。
金髪碧眼の美形二人がいるだけで注目されていた。
「次の観光名所に移動します! 皆様、はぐれないようにお願いいたします!」
目印の手旗を持っているのはエゼルバードの側近だが、護衛枠として参加しているシャペルだった。
この外出予定では裕福な観光客の一団を装っており、シャペルが添乗員役を務めていた。
「時間が押していますので、できるだけお早くお願いいたします! 土産物店は後で立ち寄ります!」
「楽しそうですね、シャペルは」
移動しながらエゼルバードが言った。
「あのような職種に向いているのではありませんか?」
「だからこそ選ばれた」
「はい。着きました!」
シャペルが旗を振った。
「こちらは有名な探偵小説に出てくる主人公の家があるとされている住所です! 見た目は普通の家ですが、小説やその世界観を紹介する博物館になっています。主人公が名推理を行う書斎のセットや安楽椅子もあります。では、入場チケットを配ります!」
シャペルの説明を聞いたエゼルバードはため息をついた。
「このような場所も観光するとは思いませんでした。誰がここを観光予定に入れたのですか? シャペルですか?」
「お前の弟だ」
ロジャーの答えを聞いたエゼルバードは再びため息をついた。
 





