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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第三章 ミレニアス編
178/1357

178 第二組



 第二組の出発日になった。


 出発時刻は夜明け。


 そのせいで深夜も多くの人々が準備に終われ、なんとか間に合わせたような状態だった。


 第二組の移動予定は先行する第一組に追いつくための強行日程で、騎馬と荷物を積んだ馬車を激走させることになっていた。


「第二組の移動は国境まで軍を急行させる演習のようなものだ。甘い考えは捨てろ!」


 王太子直々の事前通達に、同行者も関係者も表情を引き締めた。


「王太子殿下にご報告いたします。王太子騎士団の準備が整いました」

「第一王子騎士団も同じく」

「私が率いる国軍及び第三王子騎士団の準備が整った。出発できる」


 クオン直属の騎士団長たちと軍統括のレイフィールが報告した。


「出発する。レイフィール、号令をかけよ」

「王太子の許可が下りた。ミレニアスへ向かう。順次出発せよ!」


 レイフィールが号令をかけると、第二組の先導を務める騎馬隊に号令がかかった。


 整列した騎馬隊が進み始めると、それに続いて別の部隊も順次移動を開始した。


 王太子であるクオンも騎馬での移動で、その周囲は護衛を務める第一王子騎士団が固めるが、その一団を守るように王太子騎士団が警備についていた。


 第一王子騎士団と王太子騎士団はどちらもクオンを守る直属の騎士団だが、大きな違いがある。


 第一王子騎士団はその名称からもわかるように、命をかけて第一王子クルヴェリオンを守っている。


 王族の至近距離で護衛する者を護衛騎士と呼ぶが、クオンの護衛騎士は全員が第一王子騎士団に所属している。


 なによりも特殊な部分は忠誠心。


 第一王子騎士団に所属する者の忠誠はクオン個人に捧げられており、エルグラード国王よりもクオンの命令が優先され、至上とされていた。


 一方、王太子騎士団は古くから存在する騎士団で、王太子の警護を担っている。


 その忠誠心は王太子に捧げられるため、現状においてはクオンに捧げられている。


 しかし、クオンが王太子でなくなれば、新しく王太子になった者に忠誠を捧げられることになる。


「ご無理をされませぬように」


 第一王子騎士団長のラインハルトが進言した。


 クオンが王都から出たことは数えるほどしかない。


 王太子に何かあっては大変だと思う国王が外出に難色を示し、外出予定をできる限り入れさせないようにしていた。


 今回のように公式行事として他国へ行くのは初めてだった。


「号令を出せ」


 クオンは無表情で指示を出した。


「王太子殿下が出立される。第一王子騎士団、前進せよ!」


 そのあと、クオンは馬を疾走させるために追加指示を出した。





 第二組は夜明けから日暮れぎりぎりまで行軍する予定だった。


 騎馬隊の移動は早いが、馬を酷使して潰すわけにはいかない。


 それでもゆっくりと移動した第一組の二倍以上の距離を移動することができた。


 宿泊するのは設備があまり整っていない小さな駅。


 宿泊施設を全て確保しても部屋数が足りないため、ほとんどの者は駅の敷地内で野営だった。


 王太子であるクオンは可能な限り最高の対応になるのは当然のことだが、最高級の宿泊施設を利用している第一組との差は歴然だった。


 王族用とは思えない慎ましい食事のあと、早朝の出発に備えてクオンはすぐに就寝した。


 風呂もなければ着替えもない。ベッドにある毛布は安物。


 クオンは何も言わなかったが、同行する者の多くは不満を抑えきれなかった。


「一日目にしてこれなのか?」

「王都圏内だ。地方でもなければ田舎でもない!」

「移動距離を優先したとはいえ、ここまで酷いとは思わなかった!」


 同行者たちの不満は自分に対するそれではない。


 絶対的な忠誠を誓う王太子の状況に対してだった。


「やはり騎馬での移動ではなく、寝台馬車での移動にすべきだったのではないか?」

「もっと大きな駅に宿泊すべきだった!」

「他国へ行くには何日もかかる。だというのに、初日からこれではあまりにも酷い!」

「王太子殿下に対して、無礼過ぎる!」

「我々のことはいい。だが、王太子殿下だけは身分にふさわしくなるよう手配すべきだった」


 王太子に心から忠誠を誓う者たちは意見を出し合い、不満をぶちまけ、涙を堪えた。


 その様子を報告されたレイフィールは、やはりと思った。


 レイフィールは軍の統括になり、任務で国内の様々な場所に赴いている。


 最初の方こそは王子の身分にふさわしい扱いやもてなしがないことに驚いたが、今ではすっかり慣れていた。


 地方にはド田舎と呼ばれるような地域や貧しい場所がある。物資がない以上、必然的に贅沢はできない。


 戦場においてもそれは同じ。あるもので我慢する。工夫する。そういうものだと受け入れる経験と精神力をレイフィールは手に入れていた。


「兄上は王太子だ。しかも、部下たちは忠誠心の塊だからな」


 緊急の訓練のようなものだということは事前に通達されている。


 だが、本当の緊急事態ではないからこその考え、不満、やりきれない想いがあるのは理解できることだった。


「次の宿泊先も同じような駅です。王太子の周囲が余計に騒ぐのではありませんか?」


 レイフィールの友人兼側近であるローレンが意見を述べた。


「まあ、そうだろうな。だが、決めたのは兄上だ。変更はないだろう」


 レイフィールはワインの瓶を傾けた。


 グラスも用意されているたが、自分だけで飲み干す気でいるために直接口をつけていた。


「第三と国軍は慣れているから余裕だな」


 苦笑したのはレイフィールの友人護衛騎士のアレク。


 夜間勤務は別の騎士が担当するため、勤務外。


 レイフィールに付き合うことを名目にワインを飲んでいた。


「入浴は重要です。旅行中は衛生面には注意しなければなりません。それが病気やケガにつながってしまう場合もあります」

「風呂に入れば着替えがいる。体力配分や安全確保にも気を使う。何よりも荷物が増えるのは歓迎できない。毎日入浴するのは無理だ」


 アレクが意見に同意するようレイフィールが頷いた。


 今回の移動については戦地に赴くような状況を想定しており、贅沢を禁じられている。


 但し、あくまでも国境付近の都市に到着するまで。第一組と合流したあとは、身分にふさわしい待遇や内容になる予定だった。


「綺麗好きのローレンには辛いだろう」

「私は軍医です。衛生面と毒物面において細心の注意を払うのは当然では? そのワインの瓶は口をつける前に拭いたのでしょうね?」


 レイフィールとアレクは苦笑いした。


「贅沢を言わない王子は助かります。ですが、王子であることを忘れては困ります。コップを使う時は一度しっかりと洗ってからにしてください。信用できる侍従が用意したものではありません」

「ローレンの基準は厳しい」

「煮沸消毒をしろと言わないだけましだ」


 レイフィールとアレクはいつものことだと思いながら答えた。


「二人には特別な贈り物があります」


 ローレンは内ポケットから細長い包みを二つ取り出した。


「なんだ?」

「ペンではなさそうだが?」


 レイフィールとアレクが包みを開けると、歯ブラシが出て来た。


「こういった安宿には何の備品もありません。私の方で用意しておきました。必ず歯を磨いてください。酔ったままの寝落ちは厳禁です。歯を磨けません」

「歯磨き粉がない」


 レイフィールが言うと、ローレンは小さなケースを二つ取り出した。


「あります。少ししかないので分量に気を付けてください。これらは使い捨てではありません。使ったあとは胸ポケットにしまっておけばいいでしょう。食事をしたあとですぐに磨けます」


 レイフィールとアレクは歯磨き粉を受け取りながら、非常にローレンらしい贈り物だと思った。


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