177 機嫌取り
早起きしたリーナはどの衣装にするかで悩んでいた。
「服を選ぶのは本当に難しいです」
これまでの人生において、リーナは服装を選ぶ必要性がほとんどなかった。
幼い頃は乳母や世話係が服を選んでいた。
孤児院にいた時は、とにかく着るものがあればよかった。
下働き見習いの時は、クリーニングから戻ってきた順に着れば良かった。
下働きや召使いの時は制服しかなかった。
ノースランド公爵家ではノースランド伯爵夫人や使用人たちが用意したものを着用した。
侍女見習いとして再就職した時も、側妃候補付きの制服があった。
第四王子付きになってからの衣装は全てアリシアとローラが用意しており、自分一人で化粧と髪型を整えたり着替えたりする方が重視していた。
つまり、リーナが本格的に自分で衣装を選ぶことになったのは、ミレニアスに向かうために王都を出発してからだった。
「メイベルさん」
「毎回私に頼っていたら、自分で選ぶ能力を鍛えられないわよ?」
それはリーナもわかっている。
だが、毎回悩んでしまっていた。
「でも、気持ちはわかるわ。旅行にしては衣装が多い方だから」
旅行する際は荷物を抑えるのが鉄則だった。
裕福な女性はお洒落のために衣装を多く持って行きたがるが、今回は個人旅行ではない。
王族に付き添って同行するだけに、お洒落でありつつも荷物量は減らさなければいけないということで、メイベルも悩みながら準備した。
リーナの衣装はアリシアとローラの方で準備したが、第二王子が意見役になったことで衣装の量が大幅に増えていた。
「未着用のものがいいですよね?」
「またその衣装を着ているのかと思われないためにはそうかもしれないわね」
第二王子がお洒落なことは知られているだけに、厳しく判定されるだろうとメイベルは思った。
「パーツで分かれるドレスは組み合わせが難しいです」
リーナの旅行用ドレスは特殊なドレスで、汚れやすい袖や裾の部分が取り外すことができ、別の色やデザインのものに交換できるようになっていた。
旅行中にそういったドレスがあると便利だが、ドレスを選ぶだけでなくパーツを組み合わせる選択肢も増えてしまうため、リーナは余計に決めにくさを感じていた。
「早くしないと、呼ばれてしまうわよ?」
メイベルの予想は当たった。
ドアがノックされ、第二王子が呼んでいるという知らせが伝えられた。
急いで着替えたリーナはエゼルバードの部屋へと向かった。
宿泊室の居間で、エゼルバードは眠そうな表情でソファに寄りかかっていた。
普段は低血圧を理由にして遅く起きるのが常。
だが、第一組としてミレニアスに向かうことになり、序列順の出発になったせいで最も早起きしなければならなくなった。
なぜ、王子である自分が無理をして早く起きなければならないのか。最後に出発する順番にすればいいとエゼルバードは思ったが、組や出発順を決めたのは王太子だけに、変更してほしいとは言えなかった。
「おはようございます。エゼルバード様」
リーナはエゼルバードに一礼した。
「おはよう」
「このような時間に謁見の許可をいただきまして、誠にありがとうございます。昨日与えられました贈り物につきまして、直接お礼を申し上げたく謁見を申し込みました。エゼルバード様のご配慮に心から感謝申し上げます」
リーナはメイベルに教えられた通りに挨拶したあと、もう一度深々と一礼した。
「少し聞きたいことがあります。ここに来なさい」
エゼルバードはゆっくり身を起こすと、自分の隣を軽く叩いた。
「はい」
リーナはエゼルバードの隣に座った。
「斬新な組み合わせですね」
リーナの旅行用ドレスはピンク、袖や襟、裾などの付属部分は黄色だった。
普通ではない組み合わせだが、面積が少ないパーツだけに奇抜というほどではない。とはいえ、素晴らしいコーディネートでもなかった。
「リーナが選んだのですか? それとも別の者が?」
「自分で選びました。特別な催し等がない限り、どのドレスにするかはできるだけ自分で選ぶことになっています」
「評価できる組み合わせではありません。黄色のドレスにすればよかったのではありませんか?」
エゼルバードにそう言われたリーナの表情は困ったものになった。
「昨日のドレスが黄色でした。エゼルバード様にご挨拶とお礼を申し上げようと思っていたのですが、会うことが叶いませんでした。本日、謁見をする時にまた黄色のドレスを着用するわけにはいかないということで、未着用のピンクのドレスにしました」
リーナがなぜピンクの旅行着にしたのかがわかった。
だが、エゼルバードは余計に黄色のパーツ部分が気になった。
「なぜ、袖の部分だけ黄色にしたのですか? ピンクか白にしそうだというのに」
「今日のドレスは幸せの色なのです」
リーナは幸せの色をピンクだと母親に教わったが、パスカルから黄色だと教わったことを話した。
「エゼルバード様の贈り物に幸せを感じました。それを表すために幸せの色の衣装にしようと思ったのです」
「テーマを決めて衣装を選んだのですね」
エゼルバードは微笑んだ。
「ケーキは食べましたか?」
「はい。とても美味しかったです。食べるのがもったいないほどでした」
「他の者に与えていないでしょうね? あれはリーナへの特別な贈り物です」
リーナはドキッとしたが、懸命に堪えた。
「自分で食べました」
「また時間があれば、一緒にケーキやお菓子を食べましょう」
「光栄です」
「そろそろ時間だ。出発の準備がある」
ロジャーが頃合いだとしてそう言い、謁見はそこまでになった。
無事、謁見を終えることができたリーナはホッとした。
エゼルバードはその日、夜まで機嫌が良かった。
朝、リーナと会ったことで機嫌が良かったせいなのは明白で、ロジャーは使えるかもしれないと感じた。
「これから毎朝リーナを呼びたい。第四王子は寝ているだけにわからない。問題にならないだろう?」
「第二王子は朝が苦手です。だというのに、朝に呼び出すのですか?」
「これは第二王子の命令ではない。私の判断だ」
ロジャーはエゼルバードが言い出したわけではないことを先に伝えた。
「第一組において最初に出発するのは第二王子だ。起こしてもなかなか起きないと出発が遅れ、そのあとの予定も遅延する。そこでリーナを朝に呼ぶ」
エゼルバードはリーナを気に入り、会いたがっている。
リーナに会えるということで、しぶしぶ早起きするのではないかと考えていることをロジャーは伝えた。
「これは第二王子のためではない。第一組の移動予定を遅延させないための処置だ。リーナは侍女だろう? 私は忙しく、茶を運ぶ時間も惜しい。リーナが茶を淹れて運んでくれるのであれば助かる。側近が一人しかいないせいで人手不足だ」
パスカルは断りたかったが、ロジャーの苦労もわからなくはない。
第一組の予定を順調に進行させるのは、パスカルにとっても重要なことだった。
「第二王子が朝食の頃には、第四王子も起きています。リーナがいないことがわかると問題が起きてしまいます」
「第二王子の起床と朝食時間を早くすればいい。第四王子が起床したあとは、リーナが呼び出しに応じれるようにする」
起床するも何も、第四王子はずっと起きています。
セイフリードは徹夜で読書をしている。寝るのは馬車が出発したあとだった。
とはいえ、そのことをロジャーに教える必要はないとパスカルは思っていた。
「時間厳守です。これは第二王子のためではなく、第一組の予定遅延を予防するためです。効果が思うように出ない場合や問題になった場合は中止にします」
「わかった」
交渉は成立した。
ロジャーから朝の早い時間ならリーナを呼べると聞いたエゼルバードは喜んだ。
「早起きするためには早く寝なければなりませんね」
「そうだな。夜更かしは肌荒れの原因になる。それを防ぐためにも丁度良い」
「そうですね」
ロジャーはうまくいったと思った。
しかし、どの程度の効果があるかは試さなければわからない。
エゼルバードをしっかりと抑えることができる王太子と合流するまで、なんとか持ちこたえたいとロジャーは思っていた。





