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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第三章 ミレニアス編
175/1357

175 一粒で三つ



 夕食前までのエゼルバードの機嫌は非常に良かったが、夕食後は不機嫌になっていた。


 食後の話し相手にリーナを呼ぼうとしたところ、セイフリードが激怒した。


 リーナは第四王子付きであって、第二王子付きではない。


 夕方までさんざん退屈しのぎとして活用したのは管轄侵害。


 その上、夜間に女性を呼び出すのは不作法だというセイフリードの主張に反論しにくく、リーナを呼ぶことを諦めなければならなかった。


 エゼルバードは気分を変えるために入浴したあと、ワインを飲みながら好物のチョコレートをつまんだ。


 だが、エゼルバードの気分は一向に晴れなかった。


「ロジャー」

「なんだ?」


 一緒にワインとチョコレートを味わっていたロジャーは、すでにエゼルバードの愚痴を聞く覚悟をしていた。


「リーナを私の侍女にしたいです」

「常勤という意味か? それとも、この旅行中のことか?」

「両方です」

「無理だ」


 ロジャーは言った。


「リーナは王太子の侍女だ。兄の侍女を奪う気か?」

「そうではありません。セイフリードの態度が許せないのです」


 エゼルバードにとってロジャーは極めて親しい友人だけに、本心を隠すつもりはなかった。


「リーナは確かに第四王子付きですが、派遣です。兄上の侍女だというのに、我が物顔をしています。厚かましいではありませんか!」

「気に入らないのはわかる。だが、第四王子付きとして派遣されているのは事実だ。そうなると、第四王子の管轄ということにもなる」


 ロジャーは更に言った。


「侍女だとしても、夜に女性を呼ぶのは控えた方がいい。私や護衛が同席していても、事情を知らない者が何を考えるかわからない。リーナの悪い噂が立つのは困る」

「それをなんとかするのが側近の役目です」

「王太子に叱責されてばかりでは、筆頭側近でいられなくなる」

「ロジャーは兄上のお気に入りです。一名しかつけない側近枠に指名したのは兄上ですからね!」

「嫌味を言うな。私が留守番をしようと思っていたことを知っているだろう?」


 王子府にある第二王子の部署は担当する仕事が溜まっている状態。


 エゼルバードのことは王太子に任せ、ロジャーはできるだけ現在抱えている仕事を片付けようと思っていた。


 だが、王太子からミレニアスに同行するエゼルバードの側近として指名されてしまった。


「セブンは王太子の不興を買っているからな」

「どうしようもありません。過去には戻れませんからね。それよりも、リーナのことです。私は第一組の責任者だというのに、なぜ思い通りにできないのでしょうね? おかしいのでは?」

「適切な判断ではなく、私情で判断しているからだ」

「退屈なのです。リーナと一緒に過ごせば、新しいことがわかります。一口サイズのパイは初めて見ました。シュークリームであれば見たことがありますが」

「エゼルバード、友人としても側近としても言いたい。リーナには深入りしない方がいい」


 ロジャーは釘を刺しておこうと思った。


「王太子に叱責されることになる。それは嫌だろう?」


 エゼルバードは不満そうな顔をした。


「いっそのこと、もらってしまいましょうか?」


 ロジャーは眉を上げた。


「もらうというのは、どういう意味だ?」

「そのままの意味です。適当な女性を妻にするぐらいであれば、リーナのように真面目で従順で扱いやすい女性を妻にした方がいい気がします」

「容姿は問題ないのか?」

「リーナは十分可愛いですよ? 私がお洒落をすることの素晴らしさを教えてあげます。化粧をして美しい衣装を着れば、どこから見ても生粋の大公女になれるでしょう。ですが、リーナの魅力は見た目の美しさではありません。その心や生き方の美しさにあるのです」


 エゼルバードの言葉を聞いた途端、ロジャーは不安を感じた。


 容姿よりも美しい心や生き方を評価するのはいい。


 多種多様な価値観が混在する芸術に理解を示すエゼルバードらしくもある。


 だが、リーナが少しでもエゼルバードが評価する美しさを汚したと見なせば、一気に寵愛が消え失せる。


 リーナの安全と未来に黒く大きな影を落とすことになる。


「妻にすればリーナを側におけるのは確かだが、退屈しのぎから話が飛躍し過ぎている。第四王子のせいで感情的になっている証拠だ。冷静になれ。別のことを考えろ」


 エゼルバードはチョコレートに視線を向けた。


「リーナはミルクチョコレートが好きです。美味しいミルクチョコレートでおびき寄せることができれば、とても簡単だというのに」

「リーナのことは考えるな!」 

「私は本当にリーナを気に入っているのです。三つの幸せがあることを教えてくれました」

「ナッツ入りチョコレートのことか」

「新しいだけではありません。とても素敵な考え方でした」


 エゼルバードはリーナと一緒に過ごした素晴らしい時間を思い出した。





 チョコレート専門店へ行ったエゼルバードは何種類もチョコレートを買う気でいた。


 リーナにも好きなチョコレートを選ぶように言うと、ミルクチョコレートを選んだ。


 いくらでも好きなだけ購入していい、より多くの種類を選ぶようエゼルバードは言ったが、リーナはミルクチョコレートだけでいいと答えた。


「一種類だけでは飽きてしまうではありませんか。何種類もあった方がいいはずです」

「そういう方もいると思います。でも、私は一種類だけでいいのです」


 味見として他のチョコレートを食べるのも悪くはないが、好きなチョコレートを選んで買うのであれば、リーナは大好きなミルクチョコレートだけでいい。


 何種類ものチョコレートを食べるより、大好きなミルクチョコレートだけを何度も食べたい。


 ミルクチョコレートは絶対に飽きない。その美味しさや幸せを何度も感じたいのだとリーナは話した。


「本当に大好きなのです。だから、大事にしたいのです」


 エゼルバードは驚きと新鮮さを感じた。


 同じチョコレートをたくさん買うよりも、さまざまな種類のチョコレートを買った方がいいとエゼルバードは思っていた。


 今もそう思うというのに、リーナの考え方や価値観を否定したくない気持ちがあった。


 なぜなら、


 一途です……とても。


 リーナはとにかくミルクチョコレートが好きで、他のチョコレートに目移りはしない。


 大好きなものだからこそ、大切にしたい。自分なりの信念がある。


 エゼルバードは真面目で誠実なリーナらしいと感じた。


 リーナもミルクチョコレートのようです。


 ミルクチョコレートはどの店でも扱う定番商品。


 リーナもまた普通に見える女性で、特別目を引くような美人でもなければ特殊な能力もない。


 だが、多くの人々に愛される要素、真面目さや誠実さや優しさがある。


 それが表面だけの偽物ではなく、心底からの本物だからこそ好ましい。


「私は大好きなものをたくさん集める主義です。リーナの大好きなミルクチョコレートをたくさん買いましょう。ナッツ入りチョコレートもね」


 エゼルバードは大量にチョコレートを購入した。


 そして、リーナにミルクチョコレートの箱だけでなく、ナッツ入りチョコレートの箱も渡した。


「これは私が気に入っているチョコレートです。食べてみなさい」

「ありがとうございます。とても嬉しいです」

「リーナが選んだミルクチョコレートも美味しいのですが、どれか一種類を選ぶのであれば、私はナッツ入りのものにします」

「こちらだと、チョコレートもナッツも味わえるのでお得です。三つの幸せを同時に味わえますね!」

「三つの幸せ?」

「チョコレートを味わえる幸せと、ナッツを味わえる幸せと、両方を同時に味わえる幸せです!」


 エゼルバードは驚きに目を見張った。


 ナッツ入りのチョコレートは、チョコレートだけでもナッツだけでもない。ナッツとチョコレートで一つの存在だと思っていた。


 だが、リーナは分けて考えた。


 ほんの少し考え方を変えただけで、その一口はナッツ入りチョコレートを味わう幸せから、チョコレートとナッツとその二つを同時に味わえる三つの幸せに変わる。


 まさに得だった。その考え方が。


「やはり素晴らしいですね。ナッツ入りチョコレートは」


 エゼルバードは三つの幸せが同時に味わえるナッツ入りチョコレートをこれまで以上に気に入った。


 そして、リーナのことも気に入った。


 リーナは私を喜ばせ、楽しませ、幸せを増やしてくれます。


 エゼルバードはそう感じた。


 そして、エゼルバードは自分の直感を信じる者だった。





「ロジャー、私はリーナを喜ばせてあげたくなりました。良い案はありますか?」

「リーナの好物はケーキだ。チョコレートよりもケーキの方が釣れそうだ」


 エゼルバードは閃いた。


「それはいいですね。ですが、ただのケーキにするわけにはいきません」

「ショートケーキがいい。生クリームたっぷりのだ」

「馬車の中ではケーキを食べにくいでしょう。そこで、一口サイズのケーキにするのはどうですか?」


 一口パイをヒントにして、エゼルバードは一口ケーキを考えついた。


「なるほど。一口サイズであれば食べやすい」

「一口サイズのケーキを作らせましょう。女性でも安心して一口で食べることができるサイズです。そして、ケーキはサンドイッチのようにします」


 スポンジをパンに見立て、バターの代わりに生クリームを塗り、フルーツのスライスを挟む。


 チョコレート味の一口ケーキも作る。チョコレート味の生クリームに、非常に薄くスライスしたチョコレートを挟む。


 エゼルバードは頭の中に浮かび上がった一口ケーキを説明した。


「ナッツを薄くスライスしたものを挟むのもいいですね」

「ケーキだけでなくパンでも作ればいい。フルーツサンドイッチだ」

「それも追加しましょう」


 ロジャーが立ち上がった。


「忘れる前に指示をして来る」

「私の分も用意しなさい。リーナの分と合わせて二箱です」

「三箱にする」

「三箱?」

「私の分だ」


 ロジャーは甘党。


 エゼルバードの案を気に入った証拠だった。


「私とリーナだけの特別なケーキだというのに、図々しいですね」

「手配するのは私だ。毒見役も必要になる」


 ロジャーが部屋を出ていくと、エゼルバードはナッツ入りチョコレートをつまみ上げた。


「一粒ですが、三つの幸せが詰まっています」


 エゼルバードは三つの幸せをじっくりと味わった。


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