169 ミレニアスへ
夜に開かれた会議の結果、エルグラードとミレニアス両国の関係を改善するため、王太子、第二王子、第三王子、第四王子がミレニアスに外交訪問することが正式に決定した。
また、エルグラードの外交使節団はミレニアスの王都チューリフに直行せず、密入国者の通り道であるユクロウの森やリーナの素性調査をするため、インヴァネス大公領に立ち寄ることにもなった。
インヴァネス大公一家はエルグラードでの滞在を終え、帰路につくことになった。
インヴァネス大公夫妻はリーナも一緒にミレニアスに向かうことを希望したが、急な訪問に対しての準備が整っていないことから、無理だと判断された。
また、一時帰国するキフェラ王女をインヴァネス大公夫妻に同行させたいという要望をエルグラード側が出したが、病弱の大公妃に合わせた日程であること、家族だけで過ごしたいというインヴァネス大公が拒否した。
そのことを受け、キフェラ王女は後発するエルグラードの外交使節団と共に出発することになった。
エゼルバードは不機嫌だった。
心から敬愛してやまない兄が初めて他国に行く外交訪問の補佐役を任され、一緒に旅行を楽しめると思っていた予想とは違っていたからだった。
ミレニアスに向かう人々は三つに分けられた。
エゼルバードは最初に出発する第一組の責任者で、未成年や女性たちと一緒に通常の旅行日程で国境を目指すことになった。
つまり、セイフリード、リーナ、キフェラ王女も第一組だった。
「どう考えてもお守り役です」
一緒に移動したかった王太子の兄はレイフィールと同じ第二組。
王太子の警護費用が一番多くかかるため、強行日程で予算を少なくすることになった。
最後に出発する第三組はほぼ国軍。第一組と第二組の後方支援を担うことになっているが、実際は国境地帯に駐留させるための派兵で、エネルト将軍が指揮することになった。
大好きな兄と一緒でも強行日程は遠慮したい。国軍だらけの第三組は問題外。
エゼルバードとしても通常の旅行日程で移動する第一組が良かったが、請求書を兄の方で確認される。
贅沢なことや無駄なことに使っているのがわかってしまうとバツが悪いため、豪遊できないという縛りがあった。
また、セイフリードやキフェラ王女が問題を起こせばその対処をしなければならない。
下手をすれば責任問題になるのもあって、エゼルバードはかなりの苛立ちを感じていた。
「ロジャー」
「なんだ?」
「リーナを私の馬車に同乗させたいのですが?」
「第四王子に我慢できるのであればいい」
「退屈です」
「だろうな」
答えるロジャーは素っ気なかった。
「王宮を出発して二時間ほどしか経っていない。旅行は何日もかかる。忍耐力を磨く機会にするというのはどうだ?」
「無理です」
エゼルバードは自らの忍耐力を磨くことに興味もなければ必要性も感じていなかった。
「リーナを呼んでも退屈だろう。意味がない」
「そんなことはありません。私とは違う環境で育ったのです。興味深いことを知っているに決まっています」
「リーナは第四王子と同じ馬車に乗せることになっている。これは王太子の決定だ。リーナと一緒に第四王子も呼ぶのであれば可能かもしれない。それでもいいのか?」
「嫌です」
エゼルバードは車窓に視線を向けた。
「リーナも退屈しているでしょうね。セイフリードと同じ馬車では窮屈極まりないでしょう」
「もう一人侍女がいる」
「女性同士で会話をしようとすれば、セイフリードが苛ついて暴言を吐くでしょう。静かに待機するしかありません」
「寝ているかもしれないな?」
王都内を速やかに通り抜けるため、出発する時間は早朝だった。
「その可能性もありますが、セイフリードが眠る許可を出すとは思えません。怠惰な侍女だと叱責する可能性の方が高いでしょう」
「そうだな」
「王都内の道をもっと整備しないといけません。かなり揺れている場所がありました」
「第二王子の管轄ではない」
エゼルバードが興味を持って担当したいと言い出すと、ロジャーを始めとした側近たちの仕事も増える。
側近全員で分散しようとしても、現状として第二王子の管轄になっている分の仕事量はかなりのものだった。
「福祉関係と孤児院に関する仕事が終わっていない。その上、ミレニアスとの外交問題にも関わることになる。今の状況で新しい仕事を増やされるのは困る。手に負えない」
「せっかく執務について考えたというのに、やる気が失せました」
「暇つぶしに執務のことを考えただけだろう? 増やす方ではなく、減らす方を考えてほしい」
「ミレニアスとの問題が解決すれば、少しは楽になるかもしれませんね。それにしても、私の筆頭側近は暇つぶしの方法を何も考えていなかったのですか?」
「一応は用意している」
「何ですか?」
「リーナからの聞き取り調査書だ。これまでに記憶している生い立ちなどについて、事細かく証言をとったものを記載し、間違いないとしてリーナが署名をしたものだ。まだ読んでいないだろう?」
「見せなさい」
「あとだ。すぐには見せない」
「なぜです?」
「旅は長い。毎日分の退屈しのぎを用意しているわけではない」
「せっかくの旅行だというのに、全然楽しくありません!」
「本やスケッチの道具もある。だが、それもまだだ。さすがに早すぎる。このペースで渡していては、あっという間に用意したものがなくなる」
「情報だけを先に出してしのぐ方法は有効とは言えません」
「朝は苦手だろう? 早起きをしただけに、昼食まで仮眠するのはどうだ?」
「最も安易かつ何も消費しなくていい方法を提案しましたね?」
「否定はしない。正直に言うと、昨夜は準備に忙しかった。仮眠してもいいか?」
エゼルバードはロジャーを睨んだ。
だが、ロジャーとの付き合いは長い。
筆頭側近の責任を放棄するためではなく、疲労を少しでも回復したいという本音であることを察した。
「仕方がないですね、今の内に休んでおきなさい」
「助かる」
ロジャーはすぐに目を閉じて仮眠を始めた。
馬車の中が静まり返る。
エゼルバードは自由を心から愛しているが、現在の状況において、自由は退屈と同じだった。





