166 夢に向かって
「リーナは……私の妻になりたいのか?」
「そうです。縁談の話があったのでじっくりと考えました。私にとってクオン様は理想の男性です。結婚できるならしたいです!」
大公女になれれば、クオンとの縁談を検討してもらえる。
一生懸命勉強して立派な女性になり、クオンと結婚したいことをリーナは伝えておこうと思った。
「もちろん、大公女の身分だけで結婚できるとは思えません。でも、人生は一度だけです。夢を叶えるためには勇気を出して頑張らないとですよね!」
クオンはハッとした。
「クオン様の気持ちも大事にしたいです。もし、私とは結婚したくないと思われているのであれば、正直に言ってください。諦めます」
「リーナ」
クオンははっきりとした口調で呼びかけた。
「私の妻になるということは、王太子の妻になるということだ。簡単なことではない。それはわかるな?」
「はい」
「すぐに諦めると言うようでは難しい。リーナの覚悟はその程度かと思われてしまうだろう」
「あっ!」
クオンの言う通りだとリーナは思った。
「まずはミレニアスに行き、本当にインヴァネス大公夫妻の娘なのかどうか、大公女になれるのかを確認する。さまざまなことを学び、自らを向上させるべく努力しなければならない。だが、間違った努力をしても無駄になってしまう。注意しろ」
「間違った努力?」
「努力は大切だが、どのように努力するかが違うということだ。後宮華の会を知っているな? 大勢の女性が王族妃になるためのアピールをしていた」
「そうですね」
「自らの特技を見せるために努力していたのかもしれない。だが、王族妃になるために必要なのは特技ではない。王族妃としての覚悟が本当にできるかどうかだ」
結婚はゴールではない。王族妃としての人生の始まりになる。
結婚後も王族妃にふさわしく真摯に努力し続ける。その決意を伝えるようなアピールをすべきだったことをクオンはリーナに教えた。
「この世界には学ぶべきことが無数にある。まずは自分にとって必要かどうかを考えてから学べ。少しずつでいい。夢へ向かって進みながら、足元を固めていけ」
「はい!」
リーナはクオンの教えを心に刻もうと思った。
「懸命に努力すれば、失敗を繰り返したとしても、必ず何かが得られるだろう。知識、経験、幸せかもしれない。自らの信念を貫き、努力を続けてほしい。それができるかどうかを私は見ている」
リーナはクオンをまっすぐに見つめた。
「では、クオン様の妻になる夢を持ち続けてもいいということでしょうか?」
「どのような夢を持つのかは自由だ。自分の夢を大切にすればいい。ただ、夢のままで終わるか、夢を叶えることができるかは自分次第だろう」
「そうですね」
「ところで、勉強はどこでする気だ?」
「どこ?」
リーナはキョトンとした。
「後宮に入ればいいのですよね? 側妃候補たちは後宮で王族妃になるための勉強をしています」
確かにそうだな……。
現在いる側妃候補は王族妃になることを目指し、後宮に入って勉強をしている。
リーナも同じでいい。
国籍や身分を変更したあと、すぐにリーナをエルグラードに呼び戻せるとクオンは思った。
「では、エルグラードに住み続ける気だな?」
「そうです」
リーナははっきりと答えた。
「キフェラ王女もミレニアスから来て後宮で勉強しています。私が大公女になっても同じですよね? そして、クオン様の妻にふさわしい女性として認められればいいわけですよね?」
「後宮に入ると両親と一緒に暮らせない。それでもいいのか?」
「私はもう成人しました。自立すべきですし、結婚したら相手の家に住みますよね? 跡継ぎは弟ですし、両親と一緒に住まなくなるのは普通だと思います」
「インヴァネス大公夫妻はリーナと一緒に住みたがるかもしれない。ミレニアスに住んでほしいと懇願されても、同じように言えるか?」
「私はずっとエルグラード人だと思っていましたし、エルグラードで生活してきました。今の状態を続けるだけなので大丈夫です。問題ありません」
インヴァネス大公夫妻を説得できるかどうかにかかっていそうだ。
クオンはそう思った。
「リーナは私が思っていた以上に強くたくましいようだ」
「それって褒めていただいていると思ってもいいのでしょうか?」
「間違いなく褒めている。自立心があるのは立派だ。高く評価したい」
「とても嬉しいです! これからも頑張ります!」
リーナは笑顔を浮かべた。
それを見たクオンも笑顔を浮かべた。
私も……夢を叶えたい。
クオンの夢は愛する女性を妻にして温かい家庭を築くこと。
王太子として努めるほど叶えるのが難しい夢だと感じていたが、諦めるわけにはいかない。
手を伸ばしても届きそうもないのであれば、もっと手を伸ばせばいい。
神に願うだけでは叶えられない。自らの手で夢を叶えて見せる!
クオンの中に強い想いが溢れた。
それは夢に向かって力強く進むための勇気だった。
「リーナの気持ちや夢がわかって良かった。ここまでにする。また時間がある時に話したい」
「はい」
クオンとリーナは小部屋から退出した。
隣の部屋にはメイベル、ローラ、護衛騎士たちがいた。
「セイフリードは部屋に戻ったのか?」
「図書室に行きました。少しだけ読書をしたあと、そのまま図書室で寝るそうです」
「そうか」
クオンは王宮の執務室に戻った。
重要書類を持ったヘンデルがソファで寝落ちしている。
その姿に呆れつつ、クオンは隣の部屋から仮眠する時に使う毛布を持ってきた。
毛布をかけた瞬間、ヘンデルが目を開けた。
「慈悲深いなあ」
「寝ていろ」
「無理。ドアが開く音で目覚めちゃった。というか、裏から外出していたのか。どこに行ってたのか教えてくれない?」
「後宮だ。リーナに会ってきた」
ヘンデルは時計を見た。
「遅い時間のデートだねえ。朝まで待てなかった?」
「セイフリードにも会ってきた」
「ついでは弟の方だったわけか」
クオンは早速リーナと話し合ったことをヘンデルに伝えた。
「リーナちゃんがどうしたいのかわかって良かった!」
ヘンデルは神に感謝感激の祈りを捧げたくなった。
「そうだな。とにかく素性調査が極めて重要だ。リーナをミレニアスに行かせる必要もある」
「インヴァネス大公夫妻が娘と一緒に住んでいた屋敷と、リーナちゃんの記憶の中にある屋敷が一致すれば、確かに間違いなく本人って言えそうだよね」
「その結果をミレニアス側が信じるかどうかはわからない。だが、私は信じる。リーナがインヴァネス大公夫妻の娘かどうかがはっきりとするだろう」
「そうだね!」
クオンとヘンデルの話し合いは朝まで続いた。





