165 小部屋の二人
話し合いが行われることになったのは、小部屋の一つ。
用意された灯りが弱いのもあって、クオンとリーナは隣り合わせでソファに座った。
「お話があるということでしたが、どのようなことでしょうか?」
部屋にはリーナとクオンしかいない。
時間からいっても内密かつ緊急の話ではないかとリーナは緊張した。
「朝の会議までに確認しておきたいことがあった。このような時間に不躾であるのはわかっている。許せ」
「大丈夫です。私の今後についてのお話ということでしょうか?」
「そうだ」
クオンは頷いた。
「私を王太子だと思うと話しにくいことがあるかもしれない。今だけは身分を気にせず、ただのクオンという者だと思ってほしい」
「わかりました」
「リーナの本心を知りたい。エルグラードに住み続けたいか? それとも両親の住むミレニアスに戻りたいか?」
「正直に答えた方がいいですよね?」
「もちろんだ。リーナの意志を尊重するために質問している。遠慮はいらない」
「ミレニアスに行くか行かないかで言えば、行きたいです」
クオンの胸に鋭い痛みが走った。
リーナの答えは想定内の一つだったが、それでもつらいと感じた証拠だった。
「両親と再会できたのは嬉しいのですが、あまりにも突然でした。しかも、王族なんて予想外です。今もまだ本当なのか、信じられないと思う気持ちがあります」
「理解できる。私もこのようなことになるとは思っていなかった」
「なんだか怖いです。インヴァネス大公夫妻は本当に私の両親なのでしょうか?」
クオンは眉をひそめた。
「リーナはインヴァネス大公夫妻を両親だと確信していないのか?」
「記憶の中にある両親の顔は鮮明とは言えないので自信がありません。でも、同じ印象がしますし、特徴も合っています」
「特徴というのはどんなものだ?」
「お父様の髪と瞳の色は私と同じです」
それはインヴァネス大公夫妻も決め手の一つとした特徴だった。
「そうだな。肖像画だと使用している絵具によって色合いが違ってしまうが、顔合わせをすればはっきりと見比べて確認できる」
「お父様の顔にあったホクロが同じ位置にありました」
リーナの父親の顔にはホクロがあり、強運のホクロとして自慢していた。
それと同じものがインヴァネス大公にもあったことをリーナは話した。
「ホクロを同じ場所に持つ人物は珍しい。父親である有力な証拠になるだろう」
「お母様も覚えている感じのままでした。白いドレスとピンクのショールでしたよね?」
「そうだな」
「お母様は寝室で過ごすことが多かったので、白い寝間着にピンクのガウンやショールを合わせていました。色の組み合わせがお母様の嗜好と同じです」
「なるほど」
「でも、すごくよく似ているだけかもしれませんよね?」
「リーナはインヴァネス大公の娘しか知らないはずの質問にも答えていただろう?」
「偶然一致しただけかもしれません。同じような場所に住んでいたせいで、たまたま答えが同じだったとか」
クオンは不思議に思った。
「インヴァネス大公夫妻の娘かどうか不安だというのに、ミレニアスへ行きたいのか?」
「そうです」
リーナは頷いた。
「私はリリーナ・エーメルだと言われたことがありました。でも、あとから間違いだと判明しました。また同じでは困ります。インヴァネス大公夫妻はミレニアスの王族です。勘違いでしたでは済まないと思います。本当に両親なのかどうかをしっかりと調べたいです!」
「そうだな」
クオンも追加調査を行い、本当にインヴァネス大公夫妻の娘かどうかを精査したいと思っていた。
「でも、あまりにも年月が経っています。どうすればいいか一生懸命考えたのですが、昔住んでいた屋敷を見て判断するのはどうかと思いました」
七歳まで住んでいた屋敷の記憶はかなりある。
湖や森といった周辺の様子だけでなく、茶色いレンガ造りの外観、玄関ホールの内装や間取りなどの記憶が全て一致すれば、間違いなく子どもの頃に住んでいた屋敷だとわかる。
それによって、今以上に確信を持って親子だと言えるはずだとリーナは説明した。
「私がミレニアスに行きたいのはそのためです。どうかミレニアスに行かせてください! そして、インヴァネス大公夫妻の娘が住んでいた屋敷が、私の記憶にある屋敷と同じかどうかを確認させてください!」
それでミレニアスに行きたいと言ったのか……。
クオンは理由がわかって安心した。
そして、リーナの考えた方法は有効そうだと思った。
「リーナがどう思っているのかはわかった。明日の会議で、子どもの頃に住んでいた屋敷を確認することについて検討する。結果を待ってほしい」
「わかりました。よろしくお願いいたします!」
「他に何かあるか?」
「他に?」
「何でもいい。二人だけで話をできる機会は限られている。聞きたいことがあれば遠慮するな」
聞きたいこと……。
リーナが思い出したのは、アリシアに言われたことだった。
「本当に何でもいいですか?」
「本当だ。何でもいい」
「クオン様はどんな女性と結婚したいのでしょうか?」
クオンは驚き固まった。
リーナの質問内容は完全に予想外だった。
「聞いてどうする?」
「縁談が出たので、クオン様がどんな人と結婚したいのか気になりました」
同じような質問はこれまでに幾度となく言われたことがあるが、クオンは答えたことがなかった。
なぜなら、答えを知った女性はクオンが望む女性になろうとするのがわかっている。
自らを向上させようとすることは悪くないが、クオンは女性に自分の理想を演じてほしいとは思わない。
本来持つ個性、自分らしさを大切にしてほしいからこそ、何も言いたくはなかった。
だが、何でもいいと言ってしまった……。
クオンは悩んだ。
「難しいですか? たくさん条件があるのでしょうか?」
「男性が好む女性の嗜好は千差万別だ。私が答えたからといって、そのような女性になればいいということではない。それはわかるか?」
「わかります」
「真面目で誠実で努力家の優しい女性がいいと思っている」
「身分や能力、容姿については条件にしないのですか?」
「ここにいるのはクオンだ。だからこそ、条件にはしない。だが、王太子として答えるのであれば違う。身分も能力も容姿も、国民の大反発を招かない程度には必要だろう」
「平民は王族と結婚できませんよね?」
「平民の女性が王子妃や側妃になったことはある。だが、王太子妃については前例がない」
エルグラードの王太子妃になった女性は、生粋の王族か貴族ばかりだった。
「エルグラードはいくつもの国を併合して大きくなった。そのせいで貴族が多くその力が強い。平民を王太子妃にするのはかなりの反発を招く。普通に考えれば無理だろう」
「そうですか」
リーナはクオンを真っすぐに見つめた。
「もう一つ聞きたいことがあります。いいでしょうか?」
「なんだ?」
「私はインヴァネス大公の娘の方がいいのでしょうか? それとも違う方がいいのでしょうか? 後宮で働けるのはエルグラード人だけです。ミレニアス人ということになると、スパイ容疑がかかって処罰されてしまうかもしれないのですよね?」
「気になるのはわかる。だが、リーナは自分の出自を知らなかった。問題にならないように考えたい」
「良かったです!」
リーナはホッとした。
「私からもリーナに聞きたいことがある。インヴァネス大公の娘だと確定した場合はどうしたい? 国籍をミレニアスに変更すると、一生ミレニアスで暮らすことになるかもしれない。それでもいいのだろうか?」
「一生ミレニアスで暮らす? でも、縁談がありますよね?」
「私との縁談が成立すれば、エルグラードに戻れそうではある。だが、婚姻条件などが合わずに不成立になるかもしれない。そうなれば、インヴァネス大公が別の相手を探すだろう。ミレニアス人にすれば、離宮で一緒に住める。私との縁談にはそれほど乗り気ではないかもしれない。そもそも言い出したのは大公子の方だからな」
「そんな……」
リーナはうつむいた。
「あくまでも私の推測でしかない。だが、リーナがミレニアス国籍のミレニアス人になると、私もエルグラードも口出しができない。そうなる前にリーナの要望を聞いておきたい」
「でも……すごく無礼なことかもしれません」
「大丈夫だ。どのようなことでもいい。正直に話してくれないか?」
リーナは覚悟を決めた。
「インヴァネス大公の娘だということがわかって大公女になれたら、クオン様の妻になりたいです! そして、ふさわしい女性になれるよう一生懸命勉強します!」
クオンは驚愕した。
 





