162 女同士(二)
「どうしてでしょうか? 美人でもないし、特別な能力もないからでしょうか?」
王太子殿下がリーナに余計な者を近づかせないように命令しているからよ……護衛騎士が口説くのも禁止だしね。
だが、そうは言えないことをアリシアはわかっていた。
「リーナは待っているだけだからよ。素敵な男性と偶然出会うなんて難しいに決まっているわ。美人でもない、特別な能力もないって自分で言っているくらいなら、余計に難しいのはわかるわよね?」
「わかりますけれど……」
「後宮にいる男性は少ないわ。出会うきっかけもほとんどないでしょう? 最高の結婚相手である王太子殿下との縁談が出たのに無理だと言っているし、それで相思相愛の相手と結婚したいだなんて……あまりにも夢を見過ぎじゃないかしら?」
夢を見過ぎ……。
リーナの心の中にアリシアの言葉が響いた。
「もしリーナがインヴァネス大公夫妻の娘だとわかったら、身分が高い女性ということになるわ。当然、同じような身分の男性との縁談が来るわね。きっと相手の男性は高度な教育を受けている立派な人が多いでしょう。王太子殿下のようにね。でも、リーナは釣り合わないと思うわけよね? それで断っていたら、ずっと結婚できないに決まっているわ!」
そうかもしれないとリーナは感じた。
「……では、どうすればいいのでしょうか?」
アリシアは狙い通りだと思った。
「まず、結婚するための勉強をするの」
「どんな勉強でしょうか?」
「礼儀作法を学んで、身だしなみを整えないといけないわ。お化粧も勉強の一つよ。自分磨きとも言うわね。婚活もしないといけないわ!」
「婚活?」
「結婚するために活動するということよ。リーナはもっと男性に目を向けるべきだし、恋愛や結婚を意識して行動した方がいいわね」
「すごく難しそうです」
「リーナでもできることがあるわ。素敵だと感じる男性に交際したいとか結婚したいって告白するの」
「絶対に無理です!」
リーナは叫んだ。
「ほらね。そうやってチャンスを潰しているわ。私の知り合いにもいたの。好きな相手がいるのに告白しても無理だと思って黙っていたのよ。でも、勇気を出して告白したら交際することになって、そのまま結婚したわ」
「勇気がある女性ですね。自分から交際を申し込むなんてすごいです!」
「そうね。でも、自分がどう思っているのかを言葉にしなければ、相手には届かないわ。大事なことは勇気を出して伝えないと」
アリシアの言っていることはわかる。だが、簡単なことではないとリーナは思った。
「結婚したいと感じるような男性に、妻にしてもらえないか聞いてみたら? 了承してもらえたらラッキーでしょう? 恥ずかしいなら、自分の理想の相手だと伝えるのもいいわね。相手の反応を見て、結婚できそうか無理そうか判断するのよ」
「無理です。相手によっては無礼だと思われてしまいます」
「それはリーナの理想の相手が王太子殿下みたいな立派な男性だからではないの?」
「そうです。でも、理想は理想です。本当に王太子殿下に言うわけにはいきませんよね?」
「そんなことないわ。王太子殿下に結婚を申し込んでいる女性はたくさんいるわよ?」
「えっ!」
リーナは驚いた。
「本当ですか?」
「百人以上いるわね」
「そんなに!」
予想外だと感じたリーナはあんぐりと口を開けた。
「王太子殿下が成人してから、王太子妃や側妃を選んでほしいという企画や催しが何度もあったの。それに参加している女性は、王太子殿下の妻になりたいって言っているのと同じよ。見方を変えれば、王太子殿下に結婚を申し込んでいるってことだわ」
「なるほど」
「後宮華の会があったでしょう? あれも王族の妻にしてくださいってアピールする機会だったわ。後宮にいたリーナは知っているわよね?」
「知っています。王太子殿下はあの中から側妃を選ばれるのでしょうか?」
「王太子殿下はあの中から誰かを選ぶ気はないの。妻もその候補も自分で見つける気だけど、執務で忙しいでしょう? だから、女性の方から結婚できそうかどうかを聞いてくれた方が助かると思うわよ。検討するきっかけになるでしょう?」
「まあ……そうかもしれませんね」
「後宮に残っている側妃候補は王太子殿下から駄目出しされているのに、粘り強く後宮に留まっているわ。王太子殿下から見れば嬉しくないでしょうけれど、強い女性たちだと私は思うわ。他の女性が王太子妃に決まるまで、諦めずに頑張ろうとしているわけでしょう?」
「そうですね」
アリシアはリーナの手を取った。
「リーナも結婚したい相手にアピールをしないと! 告白は難しくても、素敵な男性と結婚できるように花嫁修業をしているとか、自分磨きをしているって伝えるのはどうかしら? 頑張っていることをわかってもらえるでしょう?」
「花嫁修業も自分磨きもしていません。私が頑張っているのは立派な侍女になるための勉強です」
本当にリーナは偉いわ……王族付きの侍女の鑑よ!
アリシアは感動で涙が出そうになった。
だが、別の意味でも涙が出そうな気がしてならない。
立派な侍女になれそうな女性はそこそこいるが、王太子の目に留まる女性は極めて少ないどころかいないと言ってもいい状態だった。
希望を感じられるのはリーナだけなのよ!
アリシアは心の中で叫んだ。
「だったら、素敵だと思う男性にどんな女性が好きなのか聞いてみるのはどう? どんな女性が結婚できるのはわかるし、参考になるわ」
「なるほど」
「自分も立派な女性や素敵な女性になれるように頑張りますって言うのよ。リーナが努力家なのは事実だし、高い目標を設定して自分を磨くの。そういったことがきっかけで恋愛や結婚に発展していくこともあるわ。男性ならではの助言をしてくれるかもしれないわね」
「助言をいただけるのは嬉しいです」
「王太子殿下に聞いてみたら? 縁談をどう思うのかは本人に聞かないとわからないことだわ。インヴァネス大公の娘だとなると、今後の勤務についても影響が出るでしょう? リーナの上司は王太子殿下だし、直接聞くべきよ」
「でも、お会いできることはほとんどないです」
「大丈夫。向こうから来るわよ。今後どうしたいか聞くに決まっているわ。その時に言うのよ。王太子殿下のような素敵な男性と結婚したい。でも、どういう女性になればいいのかわからないって。きっと助言をしてくれるわ!」
「アリシアさん、いろいろと教えてくださってありがとうございます。でも、私……驚くことがたくさんあったので、考える時間がほしいです」
「そうよね。当然だわ。しっかりと考えて! そして、後悔をしないようにね。人生には一度しかないチャンスだってあるのよ。みすみす逃さないようにね」
「はい!」
アリシアの話を聞きたリーナは、素敵な男性と結婚して幸せになりたいと感じた。
ふと思い浮かんだのはクオンのこと。
優しく温かく、正しい方へ導いてくれる頼りがいのある男性。
リーナにとってクオンはまさに理想の男性であり、結婚相手でもあった。
勇気を出さないと……。
リーナは自分がどうしたいのか、どうすべきかをじっくりと考えようと思った。





