158 話し合い
「兄上、場をあらためた方がいいのでは?」
ずっと静観していたセイフリードが発言した。
「王太子の縁談には国王の許可が必要です。政治的な話にもなるでしょう。安易に答えることはできないと思われますが?」
「そうだな。そもそも、リーナがインヴァネス大公夫妻の娘として大公女になることが確定しているわけでもない」
クオンはインヴァネス大公夫妻を牽制するように見つめた。
「リーナが間違いなくインヴァネス大公夫妻の娘であれば、身元が判明したことになる。それ自体は吉報だが、国籍や身分が絡む。現時点においてはリーナ・セオドアルイーズという名前で、エルグラード国籍のエルグラード人であるという事実を尊重してほしい。エルグラードとミレニアスの各王家、両国の関係への影響を考えながら、冷静かつ慎重に話し合うべきだろう」
「それはわかる。だが、リリーナがミレニアスに戻らなければ生存確認ができない。帰国は必須だ!」
「こちらにも事情がある。リーナは後宮で王族付きの侍女として働いている。極めて強い守秘義務がある場所と職種だけに、国外に出すには特別な許可がいる。正直に言うと、国籍の変更は難しい」
エルグラードの公職につける者は守秘義務が課せられることもあって自国人と決まっている。
リーナがエルグラード国籍のエルグラード人ではないということになると、後宮で働いているのは違反になってしまうことをクオンは説明した。
「リーナがミレニアス人だとなると、スパイの容疑がかかってしまうだろう。法律に照らし合わせた結果、処罰を受ける可能性もある」
「私の娘を罪に問うというのか? 絶対に許さない!」
「リリーナは誘拐されてエルグラードにいただけです! 本人は子どもで何も知らなかったというのに、罪に問うなんておかしいわ!」
「冷静になってほしい。こちらもリーナを処罰するようなことにはしたくない。だからこそ、そうならないための方法を考えたい。まずはインヴァネス大公夫妻の娘である可能性が高い女性として配慮することを約束する」
「ぜひ十分な配慮をお願いいたします」
両親とは違い、フェリックスは冷静だった。
「元々リーナのことは私の方で庇護している。担当者としてパスカルが後見人を務めている状態だ。インヴァネス大公夫妻の娘であれば、パスカルとリーナは母親が同じで兄と妹ということになる。心配は無用だ」
「パスカル、父親違いとはいえリリーナは妹だ。できる限りの配慮をしてほしい。頼む!」
「パスカル、どうかお願い!」
「その点はご安心ください。私も王太子殿下も配慮をしてきました。これからは妹として、一層の配慮を心がけます」
パスカルはインヴァネス大公夫妻を安心させるように柔らかく微笑んだ。
「リリーナ、お前から何かあるか? 遠慮する必要はない。しっかりと生活できているのか? 不自由なことはないか?」
「王族付きの侍女の待遇はかなりいいので大丈夫です。でも、これからのことについては考える時間がほしいです。突然だったので、まだ動揺しているといいますか」
「そうだろう。私も非常に驚いた。再会できてこれほど嬉しいことはないが、話し合いや手続きはこれからになる。リリーナにとって一番良い結果になるようにしたい」
インヴァネス大公はリーナに優しくそう言ったあと、顔をクオンの方に向けた。
「クルヴェリオン王太子、奇跡的に娘と再会できたことで、感情が高ぶってしまった。遅くなってしまったが、娘を保護してくれたこと、連絡をしてくれたことに深く感謝したい。娘のためにも、できるだけ冷静に話し合うよう努める」
「こちらも冷静に対応する。リーナの気持ちを尊重しつつ、双方にとって良い結果になるようにしたい」
「エルグラード国王とは午前中に会談をしたばかりだが、この件についてもう一度話せないだろうか? 舞踏会の予定もあるだけに、少しだけで構わない」
「ヘンデル、確認しろ」
「御意」
ヘンデルが部屋を退出した。
「その間、リリーナと話せないかしら? 女性同士で話したいことがあるのです」
インヴァネス大公妃も要望を出した。
「女性同士という部分については配慮しても、二人だけにはできない。非常に口の堅い信用のおける女官を一人部屋に待機させる。秘密の会話や筆談は許可しない。不審な行動はリーナの立場を悪くする。母親だというのであれば、娘の安全と信用を損なうような行動はしないでほしい」
「わかりました。リリーナを困らせるようなことはしません。エルグラード人である息子のためにも、節度ある言動を心がけます」
「パスカル、別室を用意しろ。アリシアを部屋の中で待機させる」
「御意」
パスカルもまた手配するために部屋を出ていった。
「本来は交流会の予定だったが、どうする?」
「交流会は続けてほしいです」
フェリックスが答えた。
「僕はセイフリード王子と話をしたいです。年齢は違いますが、大学生同士です。それなりに話が通じるのではないかと思っています」
「十一歳だったな? 本当に実力で大学に入学したのか?」
セイフリードの発言によって、部屋の中に緊張感が漂った。
だが、フェリックスは平然としていた。
「実力です。ですが、ミレニアスの大学はエルグラードの大学よりもレベルが下です。王族の身分が効いたのもあるでしょう。セイフリード王子は今期で卒業するのですか?」
「今期で卒業する」
「そうですか。では、大学院で同期ということも可能そうですね。専攻分野は違いますが、親しくなりたいです」
「親しくする気はない」
「他国の友人がいると便利です」
「どうでもいい」
セイフリードは素っ気なく答えた。
「では、互いに興味を持てそうな話をしましょう。セイフリード王子が好きな心理学や推理小説の話でも構いません」
インヴァネス大公子フェリックスは十一歳の子どもだが、その頭脳は大人だと言われている。
王家同士を結ぶ新しい縁談の話をすぐに提案したことや王族の嗜好に関わる情報を得ていることといい、油断はできない相手だとセイフリードは感じた。
「勝手に決めるな」
「クルヴェリオン王太子、僕の年齢を考えれば、セイフリード王子は子どもの相手をしなければならないと思うでしょう。気が乗らないのは当然です。言動については気にしませんので大丈夫です。見た目が子どもというだけで相手を見下す者がいるのはよくわかっているので」
クオンはセイフリードに顔を向けた。
「エルグラードの王子としてミレニアスから来た大公子の相手をしてくれるか? 子どもでも国賓だ」
「わかりました。兄上のためであれば」
「頼んだぞ」
ヘンデルが戻り、クオンとインヴァネス大公は宰相を同席させた上で国王との話し合いをすることになった。
リーナとインヴァネス大公妃はアリシアのいる別室で過ごし、セイフリードとフェリックスの交流会には、パスカルが目付け役として同席することになった。
 





